9月10日放送

 私はテレビやラジオといった“媒体”の仕事に40年近く携わってきたが、この頃になってつくづく思うのは、私自身がやっていることはまさに“触媒”なのだなぁということだ。インタビューで人の思いを訊くこと。講座で学びを提供すること。文学作品の朗読を聴いていただくこと・・・それらはすべて触れ合う人にとって“何らかの化学変化を起こすための装置”のようなものなのだ、と。「私という素材」に意味があるというより、「私という装置」を誰かが使ってくれることでその人の中に何らかの変化が生み出される、そのためのシンプルな触媒装置。だから、出来るだけ自分というものの中にある“管”のようなものの通りを良くしていたいと思う。経年変化で溜まりがちな澱のようなものを綺麗にし、いつもさらさら透き通った水が流れるようにしていたい。そういう透明な通り道にしていれば、インタビューをする相手が自由に気持ちを言葉にし自然に自分の思いに気づくだろう。講座で触れ合う人達も学びの中から自分が見えてきて、自己をもっと好きになるだろう。朗読などはまさに“なかだち”であり“橋渡し”。私という“管”が透き通っていれば作者の魂を受け渡すことも出来るだろう。
 多かれ少なかれ、皆、誰かにとっての“触媒”なのだとも思うが、そうなのだと意識をすることで、さらにより良い化学変化が生まれるかもしれない。9月2週目の「ほっかいどう元気びと」のインタビューを終えて、ふとそんなことを感じた。

久木田裕常さん お客様は、インターネットで読書会「本が好き!倶楽部」を主宰する札幌在住の久木田裕常さん 46歳。福岡県出身で神戸育ち。北大法学部進学を機に札幌で暮らし、卒業後もこの地で就職をするが、“会社員が性に合わず”退職。その後は、大学の部活動で行っていた社交ダンスを生かしてダンス講師を職業にし、2011年からはfacebookを利用した読書会をスタートさせる・・・という“異色”の経歴の持ち主だ。
 久木田さんは、現在約2万人の参加者が好きな本の投稿をし合うという「本が好き!倶楽部」について楽しそうに説明する流れで、「自分はかつては人間嫌いだった」と自然体でさらりと告白する。目の前のにこやかで人懐っこい表情からは全く想像出来ない“ビフォー・アフター”だ。聞けば、以前は、“自分が正しく、相手が間違い”といった思いを強く持ち、「どの人もどの人もなんでそうなんだ!」と決めつけるようなやり方を通していたのだそうだ。その考え方がガラリと変わったのは1冊の本、『ユダヤ人大富豪の教えⅢ』(本田健著 だいわ文庫)を読んでから。『ユダヤ人大富豪の教え』シリーズの中で「人間関係」を掘り下げたこの1冊によって、他人の振る舞いのいずれもが間違いではなかったことに気づいたと久木田さんは言う。(私も読んでみたが、それによると人間には4種類のタイプがあり、そのタイプの要素は実はどの人の中にもあって、1対1の相手のあり方によって引き出されたり変化したりする・・・といったことが書かれている)そこで取り上げられている人間関係の問題点は思い当たることだらけで愕然としたという久木田さんは、自分という人間をさらに知るためにいろいろな学びを重ねていく中で「人って面白い」と思えるようになり、他人に対する見方も接し方も全く真逆の自分になったのだという。
 「人は変われる」・・・そんな体験と実感があるからこその「本が好き!倶楽部」というネットを通じた集いなのだろう。本を間に考え方を交わし合うことで久木田さんが叶えていきたいのは、それぞれが「自分のことを知ることで、自分をもっと好きになる、受け入れる」ということだと伝わってくる。特に、有料で参加を募り、それぞれが本をツールに感想や思いを投稿するオンライン読書会ではさらに自己啓発の場としての意味合いを深めているとのこと。つくづく不思議だなと思う。「人嫌い」だった人が、本との出会いをきっかけに、人に興味を持ち、人のいいところを認め、人のために思いを分かち合う場づくりを続けている。「久木田さん、めちゃめちゃ人が好きなんですね」と思わず感想が口をついて出てきたが、話す一言一言から人への温もりが感じられるのだった。

久木田裕常さん 前述の「触媒」というキーワードが浮かんできたのは、収録後に尽きることのない雑談をしていた時。本を読んで感じたことを文章で投稿することの意味とは・・・といった話をしている中で、久木田さんは、「思いを言語化することの大事さ」を語り始める。
 「自分では言葉にならずにもやっとしていることも、誰かが表現する言葉でその思いの輪郭が突如はっきりしたり、さらにまた文章で投稿することで、自分の気持ちにぴったり合う言葉が出てきたり・・・そうやって今の自分の感情を掴むことも出来ると思うんです」
 それはまさしく、自分の感情に気づくこと。「ああ、私は悲しかったんだ」と自分の内側が言語化され、「悲しんでいいのだ」或いは、「悲しむ必要はなかっのだ」など、答えが導かれることもある、と。そして、
 「そうです、今話していて気づきました。そういうことなんですね、自分がやっている読書会の意味というのは!」・・・
 久木田さんがネット上で果たそうとしている読書会の役割も、「触媒」なのだと思う。思いを自由に言語化して貰うことで参加者は自分に向き合うことになる。他人から発せられた言葉に刺激を受けることは勿論だが、自分の中からこぼれた言葉に大いに揺さぶられ、生き方をひとつひとつ確認出来ていく。
 それにつけても、人はちょっとの出会い、ちょっとの気づきで大きく前進出来る生きものだとつくづく思う。そうして、その“ちょっと”のきっかけは人からもたらされる(紙の集合体である本も元々は人が思いを込めて書いたものだ)。たとえ自分の中に特殊な才能はなくても、特別な力は無くても、ささやかな「触媒」として誰かの役に立ち続けていきたいものだと、今回もエネルギー溢れる「元気びと」から触発をいただいた。

(インタビュー後記 村井裕子)

※このインタビュー収録の前日に、元「くすみ書房」の久住邦晴さんの訃報に接した。この番組が始まってまもなくの2011年4月24日に「ほっかいどう元気びと」に出演していただき、本への情熱について語っていただいた。
「本はね、作家の思いは勿論、編集、装幀、製本・・・かかわっている人のすべての深い深い思いが込められているんですよ」と話された本に関わる人達への敬意の言葉が心に残る。
奇しくも、今回のテーマもちょうど読書だ。「本の中にはすべての答えがあるんです」と語っていらした久住さんの言葉が、まるで今回の久木田さんのお話に対してのアンサーのよう。その奇遇に畏敬の念を抱きつつ・・・ご冥福を心からお祈りいたします。

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