8月27日放送

 本を読むことが好きだ。この後記でも本から触発された思いをインタビュー後の感想に織り混ぜて書くことが多い。とは言うものの、読んだ本一冊一冊のストーリーをしっかり覚えているかというと、ほとんど忘れていることのほうが多い。心に残っているのは断片。論理的な筋道より感覚的な“かけら”。子供の頃に読んだものは特にそうだ。
 『足長おじさん』のお話でくっきり残っているのは、主人公が夢想する“水の代わりにレモンゼリーのプールで泳いだらどうなる?”というその肌感覚や甘酸っぱいイメージ。『時をかける少女』では、“時の亡者”というインパクト大のキーワードと共にタイムトラベルの時に漂うラベンダーの香りの鮮烈な空気感(当時ラベンダーなど知らないのに想像の嗅覚はしっかりと香りのイメージを捉えていたのが不思議)。そして、何度もここで好きだと書いている宮沢賢治の作品でさえ、ストーリーより何より“風がどうと吹いて”きて、異次元の世界に入って行くその風圧の感覚とドキドキ感の記憶のほうが鮮明だ。
 そんな本からの感覚の積み重ねがその後の自分をどう作るかはファンタジー研究の専門家に任せるとして、現実の日々の中、風がふいに変わった瞬間や音の無い雨の気配を察した時、植物の香りが鼻腔をかすめた一瞬、はたまた夕焼けの絶妙な色を目にした時、それまでに読んだ物語の切なさやら喜びやら泣きたくなる気持ちやら・・・沢山の感情がごちゃ混ぜになったものが底の方からぐわっと湧いてくる感じは何とも言えずいいものだと思っている。

橘春香さん 現実と異次元の世界を行ったり来たりするのがファンタジー(空想物語)だが、その異次元がごくごく現実と近いところにある物語を書きたいと話すお客さまが8月最後の「ほっかいどう元気びと」。イラストレーターで絵本作家の橘春香さん 44歳。2012年秋に札幌に移住して創作活動を続け、去年、ご自身初の童話である『銀杏堂』が偕成社から出されている。たまたま新聞の新刊本紹介の欄で見つけ、タイトルと“札幌在住”という紹介に惹かれて読んで以来、私の中でもどんな女性なのだろうと思い描いていたおひとり。空想物語をどういう思いを込めて創作しているのか興味深くインタビューさせていただいた。
 『銀杏堂』という童話の主人公は、レンちゃんという賢くて好奇心旺盛な小学生の女の子。そのレンちゃんが通学途中で見つけたのが骨董屋の「銀杏堂」。そこで店主の高田さんという“しわしわのおばあさん”と仲良くなり、高田さんが世界中を旅して集めてきた骨董品のエピソードをひとつひとつ聞かせて貰う・・・という物語。例えば、古い瓶の中で“ふぁさふぁさ”と揺れているのは「文字虫」。“文字”そのものが意志を持っていて、戦争を拒みもするし、平和を願ってある切ない行動にも出る。そんなことは勿論あるはずもないファンタジーだが、その異次元と現実の距離はそう遠くではなく、“もしかしたら、そんな凛とした文字虫はほんとうにいるかも・・・”と思わせるワクワク感がある。
 ひとつひとつの骨董品にまつわる高田さんの冒険譚も、そんなふうに現実の隣で“ひょっとしたらあるかもしれない”と想像を膨らませたくなるストーリーだが、それらは「自分が子供の頃にこんなお話があったらいいなと思っていたようなことです」と橘さん。小さい頃から絵を描き、空想し、今も、ずっとその時と同じことをしているのかもしれませんと柔らかく笑う。だから「『銀杏堂』には宝物がたくさん詰まっています」と。

橘春香さん 私が『銀杏堂』から素敵な宝物をいただけたなぁと感じるのは、荒唐無稽なファンタジーの中に、それこそ、“かけら”のように“大切なこと”が散りばめられているからだ。
 胸に詰まった“悲しみの石”の中にはしあわせのシンボルの四つ葉のクローバーが埋まっているという「四つ葉のクローバー入りのエメラルド」の章では、“人を美しく見せるのは、しあわせなときだけではない。ひめられた悲しみもまた、人を美しく見せるものかもしれない”という表現が浸みてくるし、最後の「ぼたもちお手玉」の章では、「いまを生きることもたいせつだけど、人間はそれだけじゃ生きられない。歴史や思い出こそ、宝でもある」。だから、その思いがたくされたものが輝くのだと高田さんに「銀杏堂」の意味を語らせ、レンちゃんに「いまこうして高田さんの話を聞いているこのときも、いつか大人になって記憶になってしまう、ということがわかり、まるで大人になった未来の自分が体の中に入って、いまこのときを、自分を通してながめているような、奇妙な感じがした」と思わせるくだりも切なくて愛おしい。
 そんないくつかの感想を収録後にもさらに伝えてお話を進めていくと、物語に込めたい“核”のようなものをこう話してくれた。 
 「作品を通して伝えたいことは、“どんな時代でもぜったいに変わらないことは何だろう”ということ。それは、善とか悪といった道徳などではない、もっと先にあるもの。結局は・・・“愛”という一言になるのかもしれませんが」
 そして、想像力を広げる童話や絵本、空想物語が果たす役割についてこう続ける。
 「ひとつのモノに対してぐ~んと俯瞰して宇宙の距離から見るようにしてみたり、逆にもっと近づいて拡大して見たりすると、そのモノの枠が外れて自由な発想になる。そういう視点もあるなと思えれば、自分自身の枠も取り払われて、例えば“苦しみ”と思っていたことなども大したことじゃないなと思えてくる。日常に起きるいろいろも“違った見方があるんだよ”ということを沢山の物語にして届けていきたいのです」と。

 生きていく上で、“目に見えるもの”だけにとらわれていると辛くなる。逆に、“目に見えていないもの”だけでも現実は立ち行かない。アップにしたり俯瞰にしてみたり。時には、裏側から覗いてみたり。そんな“眼鏡”を差し出してくれるのが“物語=ファンタジー”なのかもしれない。そして、それはたしかに日々に生かせる“智恵”そのものだ。
 橘さんのそんなモノの見方は、「母親から貰ったもの」と話されていたが、ファンタジーはそうやって人から人へと受け渡されていく“生きる智恵”なのだと改めて感じた。 

(インタビュー後記 村井裕子)

HBC TOPRadio TOP▲UP