11月27日放送

 「ほっかいどう元気びと」、毎回、収録後にこのインタビュー後記を書き、日曜の放送終了後にアップしているが、インタビューを終えて心地良い高揚感の中でしみじみ感じるのは、出演者ひとりひとりの“未来へ何らかを繋げたい”という思いだ。
 何度か引用した内村鑑三の講演録『後世への最大遺物』の中で語られている“勇ましい高尚なる生涯”というのはこういうひとつひとつなのだろうなぁと感じさせて貰えるのだ。
 内村鑑三の言う“勇ましい高尚なる生涯”というのは、次世代への受け渡しの中で、“成し遂げたモノやコト”以上に、そこに魂を込めたその人の姿勢や行いそのものに価値があるということ。二宮尊徳の例が分かりやすく引かれているが、小田原藩の財政再建を果たした偉業以上に、この人がそこに至るまでにどう取り組んだかということが凄いのだとある。
 14で父を、16歳で母を亡くした金次郎少年は叔父の家で育つが、高い油を使って本を読むのは馬鹿馬鹿しいと言われ、それならばと自分で菜種を植え、1年後に油屋で油と取り替えて貰って本を読んだという。さらに、お前の時間も私のものだからその時間に縄をよれ・・・と言われたから、今度は終日働いた後で本を読んだという。そして、村の人の遊ぶ時、ことにお祭り日などに一人で田地をこしらえてまず米を一俵取り、三俵四俵と増やして、それから生涯を仕上げた人であったという。そんなふうな振る舞いに触れることで、人は「私にも出来ないことはない」と感銘を受けるのだと力説する。
 時代が変わっても、「何を遺したか」以上に「どう生涯を生きたか」というその姿勢が受け継がれる世の中は、きっと、目に見えないものの豊かさで満ち溢れていくのだろう。

三品章男さん そんなことをふと感じさせていただいた今回の「ほっかいどう元気びと」は、「NPO法人おもてなしスノーレンジャー」理事長の三品章男さん 75歳。道内の留学生をスキーのインストラクターに育成する取り組みの先頭に立つ一方、地元十勝と札幌を行き来し、様々な年代への指導を通してスキーの楽しさをエネルギッシュに伝えている。
 留学生をスキーのインストラクターに育てる取り組みは、2013年に産官学の連携によるプロジェクトから始まったもので、全国でも他に例のない北海道ならではの取り組み。2015年にNPO法人となり、これまでに33人の“おもてなしスノーレンジャー”が誕生。海外からの観光客へのスキーレッスンに母国語で対応する他、道内の地方スキー場に中国の子供達を招く交流事業などでも指導に携わる活躍をしているのだそう。
 日本人の指導員が外国語を覚えるよりも、中国や韓国などから北海道に留学している学生達にスキーを教えて、彼らに母国の観光客の対応をして貰おうという発想で始まったとのことだが、口コミで応募が順調に増えている他、北海道に残って仕事をしたいという留学生達の道内での定着にも繋がるなど、手応えのある取り組みになっているのだという。

 三品さんのスキー歴は樺太にいた2歳の頃からだそうで、70年を優に超えている。十勝の新得に移ってからはスキーの選手として活躍し、「新得山スキー場」のオープン時に調理師として食堂で働きながら得意のスキーを教えていたのが指導者としての始まり。その後資格を取り、北海道スキー連盟の理事やサホロスキー場のスクール校長などを経て、10数年前からは韓国や中国へ出向き、現地でスキー指導者を育てる活動も行ってきたという。
 長年のスキー人生を通して、今、最も力を注ぐ「おもてなしスノーレンジャー」で叶えたい思いは明確だ。なんと言っても冬の北海道の楽しみを海外からの観光客に体験して貰い道内観光を後押ししたいという思い。大規模スキー場ばかりではなく地方のスキー場を活性化させたいという思い。レジャーとしての人口が減りつつあるスキー文化を受け渡したいという思い。そして、中国や韓国など近隣の国々とスキーを通して繋がり、民間人同志のより良い関係を北海道から作っていきたいのだという熱い思い。・・・さらには、北海道でスキー技能を身につけた留学生達が母国に戻ってからもその国の子供達に伝えることで次の世代に広く受け渡されていくという、未来予想も膨らむ構想だ。

三品章男さん そのために三品さんは力を込める。「一般に、スキーは難しいものという印象を持たれるが、楽しいという体験を是非してほしい。この楽しさを多くの人に味わって貰いたい」と。だからこそ、指導者は“教わる人の目の色が変わるような”教え方をしていかなければならないと、スキーの魅力を伝え続けてきた使命感を溢れさせる。
 留学生達への指導でもその“楽しさ”に絞って教えていると言い、生まれて初めてスキーに乗る人でも、三品さん達指導員の講習によって全日本スキー連盟の2級に受かるまでになるという。勿論、教わる人の態度や取り組む姿勢にもよるのだが、とにかく話を真剣に聞くという素直さが留学生達の上達の鍵だそう。北海道に何か貢献をしたい、恩返しをしたいという思いでスキーと向きあうとのこと。スキー指導員になることは1つの“目標”だが、双方がその先に何を叶えたいかという“目的”が高いところで共有出来ているからこその成果なのだろう。そんな、未来への“種まき”にそれぞれが気概を感じていることが伝わってくるお話だった。

 自分が取り組んでいることが“種まき”だとしたら、それが次の世代にどんな花を咲かせるのだろう・・・とイメージすることは、どんな分野でも大切なことだ。ひとりひとりは小さな種まきでしかないが、人と人とが共感し合ってささやかでも何かを遺す一助になるだろう。
 今は何かを信じたり、何かを心の支柱にしたりすることがとても難しい時代だが、前述の内村鑑三は、そんな現代の私達にも希望を感じさせる言葉を遺している。
・・・
 「天というものは実に恩恵の深いもので、人間を助けよう助けようとばかり思っている。それだからもしわれわれがこの身を天と地とに委ねて天の法則に従っていったならば、われわれは欲せずといえども天がわれわれを助けてくれる」
 明治以前の日本人が当たり前のように持っていた“天”への意識は、今こそ新鮮だ。
 人の世はそんなふうに出来ている。助けられるように助けられるように出来ている。
 だから、すべてに感謝をしながら身を委ね、ただただ素直に、真っ直ぐに進んでいけばいいのだなぁと、ひとりひとりの実践を聞かせていただいてつくづく思うのだ。

(インタビュー後記 村井裕子)

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