8月28日放送

 ここのところ、批評家・若松英輔さんの本を何冊か読んでいる。真面目に生き方を問う真摯な言葉ひとつひとつが心の深いところを震わせながらゆっくりと落ちていく、その感じがいい。まだ40代後半とお若いはずだが、ご自身の経験をすべて糧にしながら「生きること」を哲学し続けて来た人なのだろうということが、波紋ひとつ無い湖面のような透き通る文章から感じられ、雑事の中にあって自分と繋がりたい時に何度も頁を開いている。
 『悲しみの秘儀』(ナナロク社)というエッセイの中にこんな表現がある。
 「人生には悲しみを通じてしか開かない扉がある。悲しむ者は、新しい生の幕開けに立ち会っているのかもしれない」
 若松さんご自身が大切な伴侶との死別を経験されているという。悲しみと言えば、一般的には、嘆き、苦しみ、立ち尽くすイメージだが、ご自身が喪失の経験を乗り越えたからこその境地。そこから考察した、悲しみから湧き出る力のようなものの表現が胸を打つ。

上田隆樹さん そんな折りに「ほっかいどう元気びと」でお話を聞かせていただいたのは、北海道シングルパパ支援ネットワーク「えぞ父子ネット」を運営する札幌在住の上田隆樹さん 52歳。
 上田さんは9年前に奥様を亡くされ、当時4歳の娘さんを男手ひとつで育てて来たという経験を持つ。「父子家庭の自分にしか出来ないことをして、同じような経験をしているお父さん達の役に立ちたい」とネットワーク作りに尽力してきたその原動力を伺った。
 娘さんとふたりの生活を余儀なくされた当時は茫然自失だったという上田さんだが、9年という道のりを力に変えてきたその体験からは前向きなエネルギーが伝わってくる。
 「もう、前を向くしかないから、後ろを振り返らずにやってきました」と、辛い経験ではあったけれども、父娘ふたりの生活があったからこその子育ての喜びも味わえたという数々のエピソードもウイットに溢れ、娘さんとは笑って暮らしてきたのだという様子もほほえましく伝わってくる。
 父子家庭をスタートした当初、上田さんは、病院の事務長として朝から晩まで忙しく働いていたそうで、早朝に起きて幼稚園に持たせるお弁当を作り、園にはみんなより早めに受け入れて貰ってご自身も職場へ。保育園も併用し、就業後に迎えに行くとすでに夜の9時。娘さんの世話や家事に追われる日々の繰り返しで、自分は座ってご飯を食べたことはなかったと話す。そんな毎日では娘と向き合う時間も取れないと、1年後に職場を辞めてネットの古本屋や医療経営コンサルタントなどを起業し、その後も、復職したり、物販業を興したりしながら、その時々の知恵で乗り切ってきたとのこと。
 子育てに関してはわからないことだらけで、子供が眠ってからホームページなどを検索するのが日課だったそうだが、当時、北海道には父子家庭のための情報ネットワークがひとつもなく、子育ての悩みなどは本州のシングルパパのネットワークにずいぶん助けられたという。自身でもブログを立ち上げ、発信することでヒントを沢山貰えたと、自分から少しでも動くというきっかけの大事さを話してくれたが、さらに精神的に助けられたのが地域のママネットワークだったという。通っている幼稚園の茶話会に行ってみたところ、父親は上田さんひとりだったそうだが、「自分はシングルパパとして娘を育てているとカミングアウトした途端に、お母さん達がいろいろなやり方で手を差しのべてくれた。それがほんとうに嬉しかった」と話し、男はプライドがあってなかなか助けてほしいとは言えないが、一歩踏み出して自分のことをさらけ出すことで、こんなに人と人との絆が生まれるんだと気づいたとその時の思いをふり返る。
上田隆樹さん ひとり雑巾4枚の割り当てを、うちで8枚作ってあげるから大丈夫と言ってくれたお母さんや、仕事が遅くなるようなら預かりますよと申し出てくれたお母さん。そうやって地域で知れ渡ると、近所のクリーニング屋さんも困ったことがあれば声をかけてと気にかけてくれたそう。実際に頼むことは少なくても、そんなふうに声をかけて貰えることが心強く、最初は「これからふたりでどうやっていこう」と途方にくれていたのが、「ひとりじゃないんだ、みんながいる」と思えて、そこからいろいろなことが回り始めていったのだそうだ。
 「今までのことすべてが偶然じゃなく、必然。全部がそうなるようになっていたようだった」と上田さん。人と人との結び付きがやはり大事なのだと確信し、声をあげられなくて辛い思いをしているシングルパパ達を孤立させてはいけないという思いで、2014年に「えぞ父子ネット」を開設。子育ての情報発信や、父子家庭に関わる制度や機関の紹介、利用出来る保育サービスの紹介、果ては、思春期に対応出来る本の紹介などに至るまで、困り事への対応を発信。ともかく「えぞ父子ネット」を開けば、「ひとりじゃない」と思って貰えるような繋がりを作っていきたいと、何らかの拠点があることの必要性を強調する。そうして、PTAのお父さん達と作った「札幌おやじネットワーク」の集まりなどともリンクして、昔の町内会のような支え合いに繋げていきたいとのこと。
 母子家庭に関してのネットワークはいろいろなところですでにあるが、父子家庭は男性が声を出しにくいこともあって見逃されがち。「おとうさんが笑顔じゃないと、子供も笑顔になれない」と話す上田さんからは、子供も親も、みんなを幸せにしたいという思い、そして、子育てを卒業しても繋がる人と人との絆を大事にしたいという思いが溢れていた。
 「娘とは、どっちが人生楽しめるかを競争するライバル」とユーモアたっぷりに話す上田さん。ご自身が発案して手作り冊子として「おとうさんのたまご焼き」という絵本も作ってしまう人だが、さらに、この絵本を紙芝居にして各地の児童会館で読み聞かせと歌でも応援していきたいと、経験を糧にして取り組もうとしている沢山のことを話してくれた。

 自分に降りかかる出来事を、どんな考え方で受け止めるか。その経験をどう生かすか。
 上田さんは、シングルパパであることを「カミングアウト」することで周りのみんなが助けてくれたと力説する。その感謝のエネルギーが、同じような経験をしている渦中の人に注がれる。その循環こそ、人が再生する力になっていくのだと思う。
 前述の若松英輔さんは、『悲しみの秘義』の中で、こんな表現もされている。
 「単に、悲しみを忌むものとしてしか見ない者は、それを背負って歩くものに勇者の魂が宿っていることにも気がつくまい」
 悲しみから生まれる「力」がある。涙が枯れたところから踏み出せる一歩がある。だからこそ、人は深くて、尊い存在だ。

(インタビュー後記 村井裕子)

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