7月10日放送

 人生はひとつひとつの選択の集積だ。あの時、それを選んだから、今の自分がここにいる。
 「ほっかいどう元気びと」で多様な分野のおひとりおひとりにお話を伺っていると、毎回それを実感するし、翻って、自分の来た道を振り返ってつくづくそう思う。
 「あの道で良かったのだろうか」などと後悔しないためには、その時々の選択を間違わないこと。間違わないために考えを深めておくこと。でも人の往く道など長い時間が経ってから結果として腑に落ちることもあるから、その経過でグダグダと考えても仕方がない。数年単位では「そっちじゃない方が良かったのか」という思いが頭をよぎっても、倍の年数、さらにその倍の年数が過ぎる頃に、「あの時があったからこそ今がある」と思えることもある。今流行りの言葉で言えば、「ぐるっと一周して、結果良かった」というような。
 一番良いのは、「自分が決めた選択は、どちらを選ぼうとも、“選んだほう”が良かったと思えるように自分がしていく」と肝を据えることかもしれない。そのためには、その時点から未来に向けて何をすればいいか、何を学べばいいか、何を新たに身に付けるかのアンテナを研ぎ澄ますこと・・・。
 今回のお客様とお話ししていて、そんなことを考えた。

阿部眞久さん お話を伺ったのは、「NPO法人 ワインクラスター北海道」代表でシニアソムリエの阿部眞久さん 42歳。道内にはここのところ北海道産のブドウを使ってワインを醸造するワイナリーが増え、道民の私達も住んでいる土地のワインを味わう楽しみが増えてきたが、それらのワインの魅力をまとめて発信し、北海道にワイン文化を定着させようというのが阿部さんの選んだ役割。拠点として、去年は小樽に「北海道・ワインセンター」をオープンし、全道のワイナリーを紹介する資料の提供やテイスティング、ワインツアーの実施などを通して観光にも一役買っている。仙台出身ながら小樽へ移住してこの仕事に打ち込むようになったこれまでの道のり、そして原動力を伺った。

 阿部さんの社会人としてのスタートは、高校卒業後に蔵王のリゾートホテルに就職したところから始まる。レストラン部門の仕入れを担当する中で、ワインに詳しくなりたい一念で下げられたボトルに残る数滴の味を確かめてワインの特徴を学んでいったという。なんでも、幼い頃、家はとても厳しい教育方針だったために買い食いを一切禁止され、塩分を控えた家の食事以外好きなものを口にすることは許されなかったそうで、学校からの帰り道に自然に生えている草や木の実をおやつ代わりに食べていたのだとか。「そのおかげで味覚、嗅覚が鍛えられたのかもしれませんね」と笑う阿部さんは、日本ソムリエ協会認定のソムリエ資格を、働いて5年目の23歳という若さで取得。
 その当時の阿部さんの舌はフランスのロワール地方の白ワインが最高と感じていて、日本産のワインには全く関心は無かったということだが、たまたま仙台で初めて入った酒屋さんに国産の白を勧められその美味しさに驚いたという。店主が、「これはきちっとしたワイナリーでまじめに作っているもので、私達も自信を持って仕入れている」と話すそのワインは「北海道ワイン株式会社」のセイベル。最初に感激したロワール地方の白ワインに通じる美味しさを感じた阿部さんは早速北海道ワインの社長に思いの丈を伝える手紙を書いたという。味の感激は勿論、「自分はソムリエをしていて、自国のワインを広める役割をしたいと思っている」という思いを伝え、それがきっかけで入社することになったのだそうだ。
 「思ったことは行動に起こす」と信条を話す阿部さんはその後シニアソムリエの資格も取り、大学院の夜間コースで経営学を学んでMBA(経営学修士)も取得。北海道フードマイスターも取得したことから道産食材とのマッチングのスペシャリストとしての道も拓くことになり、さらには、「国内旅行業務取扱管理者」の資格を活用しワインツーリズムにも役割を発揮するようになる。
 沢山の学びと経験を積んだ「北海道ワイン」時代を経て、今度は道産ワイン全ての魅力を後押しするために円満に会社を辞して「NPO法人ワインクラスター北海道」を立ち上げ今に繋がると話すが、決められた道ではないオリジナルの道、どんな思いが原動力になって進んで来たのだろう。「この仕事は使命です」と言い切る阿部さんの強い思いは地域へと注がれている。蔵王のホテル時代に、ワーキングホリデーで共に働いていたオーストラリア人達が口々に「オーストラリアが一番。ワインも文化も」と自国のことを誇りを持って主張するのに驚き、「なぜ日本人なのに日本のワインを紹介しないの?」という問いかけが気になっていたという。日本人なのだから自分の国、自分の住む地域に誇りを持って、その土地のために仕事をしたいと思う気持ちが益々募る中で出会ったのが、運命の「北海道ワイン」の白だったということだ。

阿部眞久さん お話を全て終えた阿部さん。「自分の思いをこうやって話してみて、ひとつひとつが繋がってきたのだということを改めて確認できました」と深く息を吐く。
 予めゴールを計画して、そこに向かって進むという方法も勿論あるが、長い人生何が起こるかわからない。阿部さんも、早く家を出たくてホテルに就職したところから自分は何をしたらいいのかを考えてソムリエの資格を取り、それを活用するイメージを膨らませているうちにたまたま出会ったワインに惚れ込み、思いを形にするべく手紙を書いたことで小樽へ移住。その先も、その都度その都度、必要なことに取り組んで今の仕事に繋がっていったのだった・・・と、自身を俯瞰で見つめるような感覚で来し方を言葉にされていた。
 「クラスター北海道」のクラスターというのは、「ブドウの房のこと」だという。ワインから食、観光、そして人、地域と沢山の繋がりを作っていきたいとの思いが伝わってくる。
 取り組み自体も、一粒から二つ三つと繋げていけば、一房のブドウになっていく。まずは、一粒から実らせていけばいいのだとその行動が伝えてくれているようだった。

 困難に出くわして何かヒリヒリするような分岐点で、周りの誰かが悪いから、会社が悪いから、社会が、政治が、世界が悪いから・・・などという考え方をしてしまうと、一瞬、自分自身が楽になるような気分になるが、それは、絶対に落ちてはいけない巨大な落とし穴だ。「誰かのせい」にはまりこんでしまえば、そこから踏み出していくのが怖くなる。怖くなるから、また一言一言が言い訳になって動けなくなる。
 何よりも、自分の内側を腐らせてはいけない。干からびさせてはいけない。水を吸収し、太陽に胸を向けて時を重ねていれば、きっと、豊かに熟成していく。
 そして、そこから「良い成分」が漂って、その周り全体もたわわに実っていくのだと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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