3月27日放送

 池澤夏樹さんの短編集「きみのためのバラ」(新潮文庫)に、「レシタションのはじまり」という小説がある。人との争いを避けることから「逃げる人々」と呼ばれていた南米の山中の先住民が、欲望を抑え心を鎮めるために呟いていた不思議な「お唱え」。それが、町からやってきたひとりの男によって全世界に広まっていったという物語。「こうしてホモ・サピエンスは、倫理の面で一段階の進級を遂げたのである」・・・という締めくくりの言葉が印象的なファンタジーだ。その「お唱え」は言葉だが意味をなさない。しかし、それを唱えたり聴いたりすることでたちまち心が平穏になり、優しい気持ちになる。物語ではそれが広まった後に軍隊と警察が解散している。そんなものを必要としない世界になったからだ。
 夢物語?・・・いや、それが可能になったら素晴らしい・・・いや、そういう世界を実現させるために私達地球に生きる者はどんな叡知を振り絞ったらいいのか・・・そんな大きなテーマを池澤さんは投げ掛けたかったのではないのかと思う。そして、その方法は呪術的要素の濃い「お唱え」だけなのか?そんなふうに深く心を共振させ平和に導くものは他に無いのか・・・それによって、武器も弾薬も無い、血も流さない世界が実現出来たとしたら・・・。それこそが人類に与えられた最大の課題なのではないか、と。

山口陽介さん 国境を超えた世界の人達が一瞬でも心を通わそうとする手段は今現在も確かにある。音楽や美術など芸術と呼ばれているもの、またはスポーツという架け橋。そういう「ツール」で心がひとつに繋がるための活動をしている人を見るだけでも希望が沸いてくる。
 今回の「ほっかいどう元気びと」は、「世界放浪絵描PROJECT」代表の山口陽介さん 29歳。自らを「世界放浪絵描人」と称して、絵で人を笑顔にする活動に取り組んでいる。「世界放浪絵描人」と聞けば、世界を放浪しながら絵を描く人という印象だが、その意図を詳しく訊いてみると、山口さんからは意外な答えが返ってくる。
 「その『世界』というのは、もともとは感性の部分のことを指していて、世界観を旅するという意味合いで付けたんです」と。それが、段々とカンボジアやフィリピンなどにも縁が出来、絵を通して人と人とを繋げる「世界の国々」での活動も増えてきたのだという。
山口陽介さん 2011年から北海道洞爺湖町に住み、創作活動や自身の活動を知って貰う企画をあれこれ考えている日々という山口さんは和歌山県出身。小さな頃、母親の影響もあって絵画教室に通い、そこで出会った通称「魔女先生」に絵を誉めて貰ったことで「調子に乗って」絵描きを目指したという。地球環境を守る活動や人道支援に熱心なNPO法人で働く経験も積んだ後、北海道の洞爺湖町に移り住むことになったのは、そのNPO法人が小豆島から拠点を移したから。ほどなくして北海道で絵描きとして独立しプロジェクトを立ち上げたというのは、何かの吸引力が働いたからなのかもしれない。

山口陽介さん 北の大地での日々は、自分が食べるものくらいは自分で作ろうと畑も耕す。土との繋がりの大切さや植物の命についても学びが大きいからだそうだ。
 スタジオに入ってきた山口さんは、初対面の私達に「よっちゃんと呼んでください!」と人懐っこい笑顔と関西弁という最強のツールでハートを全開にする。まるで、畑で太陽をいっぱい浴びた滋味たっぷりの野菜のよう。
 しかし、絵を見せて貰うと、その手による抽象画の点描と線画の繊細なこと・・・。「僕は宇宙のもっと先を描きたい。銀河系のそれではなく、心のほうの宇宙を」と話すように、目ではなく心で見た心象風景が緻密に描かれている。アクアリウムという水草や魚が存在する宇宙を通して心を描いたという絵、人が眠りに落ちるときに頭の中に出てくるのだという「夢の狭間に立つ鹿」の絵など、遠い記憶が呼び覚まされるような山口さんの世界。
 頭の中で絵本を綴るようなイメージで一枚一枚を描いているのだそうで、それを見てくれた人に自由に想像して喜んで貰うことは勿論、見た人の感性をも掘り起こすきっかけとなって、多くの人達を輝かせたいという思いも語ってくれる。
 「ぜんぶ繋がっている」「めざすところはひとつ」。山口さんの大事にしているキーワードだ。そして、「生きとし生けるものすべての命の中に、それぞれに宇宙がある」という言葉や、「皆が宇宙を持っているからその命と命の出会いは奇跡であり、出会った瞬間に、進化というか、より良く変化して新しいものが生まれ、その新しい感性が広がることで素敵な地球になっていく」という言葉はとても深く、思わず、目の前の青年の29年の歩みはどういうものだったのだろうと、その心の奥の宇宙に想像を馳せてみたくなる。
 時折、「キャッチフレーズは、『日本一、宇宙を探求する天才画家』」などという表現も飛び出して愉快な人柄に笑わせられるのだが、自分の中にある宇宙を信じることで持てる力が発揮され、それをフルに使って世界のひとりひとりを幸せにしたいのだという祈りのようなものがご本人とその絵の中から立ち上ってくるような思いがした。

 山口さんが名乗る「世界放浪絵描人」の意味は「感性の世界の放浪」・・・その表現を聞きながら私はやはり宮沢賢治の言葉を思い出していた。
 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」・・・
 その「世界」も、「各国」という意味を超え、「宇宙観のことを指す世界」だ。人も生き物も植物も鉱物も水もすべて。そして、過去現在未来といった時も超える。その「世界がぜんたい幸福」のために必要なのが、「すべての命は繋がっている」という気づき。その、自分も含めてすべてが繋がった「世界」を「ぜんたい幸福に」するために必要なのは、ひとりひとりの思いや行動。触れ合う誰かを喜ばせるとか、輝かせるとか。自然を汚さないとか、壊さないとか。
 山口さんの取り組みもそんな思いから来ているのでは・・・と想像すると、宮沢賢治や前述の池澤さんの思いとも「ひとつに繋がって来る」ような、気がするのだった。
 争いの無い世界のための「レシタション」。それを生み出す力は、きっとすでに人の中にあるのだろう。芸術の才能のあるなしにかかわらず「人を笑顔にするため」に出来る何か。実はとてもささやかな何か。・・・

 とはいうものの、果たして今のこの世界は、そもそも肥大し過ぎた欲望を抑えようとしているのだろうか?「倫理の一段階の進級」を真剣に目指しているのだろうか?そこは眠っていて貰ったほうが・・・と実は逆のベクトルが働いているのではないだろうか?欲望や争いや憎しみを無くしてはショウバイにならぬ、ケイザイが成り立たぬ、と。
 百年前から今まで何がどう変わってきたのだろう?百年後はどうなっているのだろう?
 「倫理の進級」なき世界ぜんたいに、いったいどういう幸せが待っているのだろう。

(インタビュー後記 村井裕子)

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