1月24日放送

 河合隼雄さんと長田弘さんが児童文学について語り合った対談集「子どもの本の森へ」(岩波書店)を読んだ。心理学者と詩人、それぞれが内に持つ豊穣な言葉と表現力、そして視点と思考の深さに大いに触発されたが、時間どろぼうをテーマにしたミヒャエル・エンデ作「モモ」について対話をされる中で、長田さんがこんなことを語っていた。
 「大事な時間というのは何か。それは、人の話を聞く時間のことだと思うんです」
 長田さんは、主人公モモの持つすばらしい能力というのは、人の話をじっと聞くということですと言い、今、話をちゃんと聞くことのできる人がいなくなっている。それだけ話を聞いてもらえる場も今はないと続ける。今は自由とはしゃべることだと思われているが、自由というのは聞くことから始まる。話を聞く行為は、自由に話をできる人を作り出し、自由に話のできる場を作り出す。「モモ」という物語はそのことの大切さを伝えてくれるのだ、と。
 人が話をすることは「解放」であり、だから聞くという行為は大事な時間なのだというのは、なんと懐深い視点だろう。人がより良く話すために、ではどういう良い聞き手でなければならないのか・・・簡単に答えは出ない永遠のテーマだなと感じながら今回もインタビューに臨んだ。

笹木昇さん 「ほっかいどう元気びと」にお迎えしたのは、札幌で40年に渡って認可外保育所を継続させてきた「チャイルド総合保育園」園長の笹木昇さん 77歳。どんな原動力でここまで来られたのか、どんな思いを込めているのかを伺った。
 立ち上げは1975年(昭和50年)。それ以前に手掛けた自動車の修理・塗装の会社を畳み、すすきのの友人の飲食店を手伝ううちに24時間子供を預かる託児所の必要性に気づいたという笹木さん。その当時、子供を育てながら夜働く女性達のために深夜も預けることの出来る小さな認可外の保育所やベビーホテルが繁華街に幾つか出来ていたそうだが、規模や環境をもっと良くして母子達に安心して貰いたいとの思いが募り、福祉関連に詳しかった知人と共に「チャイルド総合保育園」をスタートさせたのだそう。
 笹木さんは、スタート当初は認可外ということで世間からその存在を少し冷ややかな目で見られていたという忸怩たる思いや、行政と掛け合う歴史の中で自治体のサポートを得ることはなかなかに難しかったという葛藤なども時々にじませながら長年の取り組みを言葉少なに語っていたが、そんな中で嬉しいことは二代三代続けて子供を預ける人達がいるということ。安心と癒しを提供し続けて今現在も大勢の子供達が通ってくるということが何より利用者に信頼されている現れなのだという思いが静かな誇りとなって口調から伝わってきた。

 この40年という年月は、まさに価値観や社会情勢も大きく変わってきた過渡期だ。「チャイルド総合保育園」が出来た昭和50年代などはまだまだ「母親が家庭にいて子供を育てるのが当たり前」とされた時代。その後、急激に女性の社会進出や家庭での子育て形態が変化し、機運としては社会の制度で子供を育てようという声は高まってはいるが、当事者の思いと体制のズレが埋められないまま今に繋がっている。依然として、古い考え方という壁もある。働く女性達にとっては古くて新しいジレンマがまだまだ続いているのだ。判で押したように皆が夕方5時6時に子供を迎えに行ける仕事ばかりではない。しかも一人親の場合なら尚更だ。働いて食べていくために、夜も受け入れてくれる認可外保育所という「受け皿」に助けられた親子は数えきれないほどいたに違いない。

笹木昇さん 笹木さんは、収録後の「あなたの宝ものは何ですか?」の聞き取りの中で、ご自身が取り組む認可外保育所の運営に対してこんな表現をされていた。
 「この仕事は、誰でも(業種転換などとして)出来るかもしれませんが、しかし、誰でもが出来ることではないんです」
 社会の中で、何が成功なのかが見えやすい業種は沢山あるけれど、民間で運営する保育所の仕事というのはそれがなかなか見えにくい。ひとつひとつが自分自身の中での「どうあればいいか」という追求でしかないので、始めることは簡単だけれども行き詰まることも限界を感じることもある。大事なのは、「この仕事をどういう目的でするのか」ということです、と。商売ということ以上に、志がその方向性を決めるということなのだろう。
 そんな笹木さんの宝ものは・・・
 「もちろん、家族。そして、男は皆そうだと思いますが、仕事ですね」
 40年続けて尚も追求し続ける仕事への強い思いがそう表現される。ふと、私の中の茶目っ気がムクムク頭をもたげ、変化球をふわりと返してみる。
 「仕事が宝ものというのは、男性だけではなく今は女性も多くなりましたよ」
 収録の際、「働きながら子育てをするお母さん達に出会ったことで女性の偉大さに感銘を受け、自分の中の昔ながらの男性的な考え方を大いに改めた」との表現に、いい話だなと感動したことを思い出したからだ。
 「男は・・・」と笹木さん。「男は、野望・・・なんでしょうかね・・・」と笑い、「志したものが宝ものであると男は思いたいんですよ」と照れながら言葉を補足する。
 そして、まだ宝ものはありましたと、保育の業種に関しては全くの門外漢だった自分を支えてくれたのは保育士さん達だったということも付け加えて、長い人では20年前後も共に頑張ってくれているという彼女達についてこう表現する。
 「やはり、その人達が精神的にも栄養を与えてくれた。女性の感性はほんとうに計り知れない。そう・・・女性達の力にやっぱり支えられて来たんだな」と、確固たる信念の中に柔軟な優しさもにじませる言葉を返してくださった。

 収録後、緊張が解けた中での対話もまた面白い。その人の意識と無意識が絡まり合って人間味溢れる言葉が出てくることがある。「認可外保育所という業種はなかなか光を放たないので、宝ものかどうか疑念を持ちながらですけどね」との呟きからも、世間でスタンダードではなかった業種を定着させるために味わって来たであろう沢山の思いが感じられた。
 制度の枠外で何かを存続させていくということは簡単なことではない。でも、それがほんとうに誰かのためになると信じることが出来たなら、前に進む原動力になるのだろう。笹木さんの40年というのはそういう表れなのかもしれないと、発せられた言葉とともに言葉にはなりにくい「行間の思い」も感じさせて貰いながら、そんなふうに思った。

(インタビュー後記 村井裕子)

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