12月27日放送

 村上春樹さんがどうやって小説家になったのか、どういう矜持でその職業を継続させているのかが語るように書かれている自伝的エッセイ「職業としての小説家」(スイッチ・パブリッシング)を読んでいて、興味深い言葉を見つけた。「epiphany(エピファニー)」という英単語。村上さんは「日本語に訳せば、『本質の突然の顕現』『直感的な真実把握』というようなむずかしいことになります。平たく言えば、『ある日突然何かが目の前にさっと現れて、それによってものごとの様相が一変してしまう』という感じです」と説明している。
 なんでも、1978年4月、神宮球場でご贔屓のヤクルト・スワローズの試合を観ていた時、「何の脈絡もなく何の根拠もなく、ふと」思ったのだそう。「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」と。その時の感覚をはっきりと覚えていて、「それは空から何かがひらひらとゆっくり落ちてきて、それを両手でうまく受け止められたような気分でした」。
 どうしてそんなことが起こったのか、その時も今でもわからないと続けるが、「ひとつの啓示のような出来事でした」と。そして、その帰り道で原稿用紙と万年筆を買い、書いたことのない小説を半年かけて書き上げたのだという。その日の午後に起こった出来事を境に「人生の様相はがらりと変わってしまった」というわけだ。「降りてきた」という表現ではなく、「落ちてきた」という言葉を使うところが村上さんらしい。
 私は、「アナウンサーになる」と17歳の時に決めてまっしぐらにこの道を来たが、あるドキュメンタリーを見て「心を揺さぶられたというきっかけ」はあるものの、空からひらひらとそれは落ちてこなかったし、啓示のような現象でもない。自分の中で「何かが一瞬にして開くような感覚」を覚えていて表現出来るなんて、さすが作家の思考の「押し入れ」には神秘的な隠し扉が幾重にも嵌め込まれているみたいだ。
 とはいえ、「ほっかいどう元気びと」の出演者の方々から結構それに近いターニングポイントを聞かされている。今回もそうだった。

中垣哲也さん 札幌の中垣哲也さん(54歳)は、オーロラと出会って、自分の中の何かが大きく「開き」人生が変わった人。その時の揺さぶられた感じをまず訊いてみる。「出会わされた感覚ですか?」と。中垣さんは、「後から気がついたらそうだったかなと思うだけ。なんとなくずるずると・・・導かれたというか、引きずり込まれたというか・・・(笑)」と、運命的な転換点を振り返りそう表現する。2001年にたまたま好きな星の写真を撮るためにニュージーランドを旅した時、遠くにゆらめく真っ赤な色の珍しいオーロラを見て、あの下に行ってみたいと翌年カナダへ。カンを頼りになんとなくレンタカーで向かった先で初めて見たのが「凄いもの」だったそう。星は「静」だが、オーロラは「動」。頭の真上で何が起こっているのか「意味がわからないほど凄すぎて」しまい、全身全霊を貫かれ、「伝える役をしなさいよ」と天に言われているかのように思ったのだそうだ。そして、「自分はオーロラの神秘や地球の素晴らしさを伝える人になる」と決め、思い込めばそうなるに違いないと確信したのを今でも覚えているという。
 その時に携わっていた診療放射線技師という職業をその数年後に辞して「オーロラメッセンジャー」という役割を選んだ中垣さん。「人生観のビフォー・アフターはどう変わりましたか?」と訊くと、それはもう180度変わりましたとキッパリ。「目的の何もない日々から、使命を持って突き進む日々に変わりました」と。
 それからというもの「これが自分のミッションだ」とばかりに精力的に動き出す。アラスカやカナダ極北へはこれまで50回以上。大体2月3月の冬を取材に当てて撮影に没頭し、帰ってくると数ヵ月国内を回って上映とトークライブを催す日々。
中垣哲也さん  「あなたの宝ものは何ですか?」と収録後に問うと、「全力で仕上げた作品集です」と、自費出版で発売されたばかりの『AURORA WONDER』を見せてくれる。全160頁のオーロラの写真は圧巻で、とにかく強い思いも一緒に頁毎に立ち上ってくる。聞けば、2011年から太陽が活動期に入っていてオーロラの出現率が高まっていたのだそう。2015年秋までに撮りためた「大化けしたオーロラ」を掲載した渾身の記録だ。
 中垣さんは、オーロラは地球上で植物が酸素を出すようになってから生まれたものであり、酸素と反応して見せる緑色がベースとなって、時に赤やピンク、紫色なども混じる。この美しい色合いは数ある惑星の中で地球だけに見られる独特のものなのだという発生のメカニズムも静かな口調で教えてくれる。「だから、地球の空に出現するオーロラは人が地球に住むことが出来る証明なのです。そう考えたらもっと私達は地球に感謝が出来るはず」と。

 「使命」を確信した人は強い。信念を抱いて進んでいくだけだ。
 5月24日放送の海洋生物調査員で自然写真家の笹森琴絵さんの回で書いたが、地球はまるでひとりまたひとりと気づきを促し、地球環境を守るための「メッセンジャー」を出現させているかのようだ。イルカに遭遇させたり、凄いオーロラを見せたりという必然の出会いを絶妙に用意するかのようにして。私の勝手な感じ方だが、1990年代、経済が停滞する中で地球と人との繋がりに気づきを深くし精神性を深めた人がある一定数で増え、世の中の不景気や激動にもまれながら一層考え続け、2011年の東日本大震災で確信を強め、そこから自分の生き方と行動を連動させるように動き出す人が増えてきたような感じがする。その、マグマのように湧き出る使命感はどこから来るか、答えは勿論わからない。が、何かを受け取った人が声を上げ、それを信念として「伝えていく」潮の流れのようなものは、これからも益々増えていくに違いない。
 中垣さんのように「地球の素晴らしさを伝えるメッセンジャー」ほどダイナミックでなくとも、この宇宙の調和の中でひとりひとりの中にも必ず何らかの「使命」があり、それは何かと問い続けていくことが大切なのだろう。自分はどう生きたらいいのかと考え続けていくうちに、ある日、突如として目の前に往くべき道が書かれたカードがひらひら落ちてくる・・・ような出来事と遭遇し、心をぎゅっと込めるべきことが見えてくるに違いない。

 「私はこういう生き方を選んでいます」・・・そんなおひとりおひとりの生の声を「ほっかいどう元気びと」から届けさせていただいて、この1年も無事に終わっていく。
 さあ、さらに新しい年はどんな方々に出会えるだろう。人の中の力こそ「宇宙」であり、その深遠なるものを言葉に換えていくために、尚も心を込めてインタビューをお届けしていきたいと思っている。
 2015年、番組を支えてくださったすべての皆様に感謝。2016年が健やかな1年でありますように。

(インタビュー後記 村井裕子)

※2016年1月3日(日)は、HBCラジオの特別編成のため、「ほっかいどう元気びと」の放送は午後2時30分からになります。
ゲストは、北海道日本ハムファイターズ監督の栗山英樹さん。どうぞお楽しみに!

HBC TOPRadio TOP▲UP