7月5日放送

 「ほんとうに大切な暮らし方とは何か?」と問いかけ続ける、智恵と実行が伴ったボトムアップ方式、それを地方から発信する意義は大きい。・・・
 前回のインタビュー後記で、この不安な時代、地方の個の立場から暮らしの提案や取り組みを気概を持って示していくことが大事なのではと感じ、そう書いた。
 今回のゲストも、まさに、トップダウンではなく民間で出来ることを楽しく見せてくれている人。根室出身、札幌在住で、ロシアからの旅行客のためのツアーを企画運営する「有限会社 さくらツアー企画」代表取締役 長谷川真奈さん 48歳。
 個人でロシアビジネスを手掛けるというのはほとんど前例のないこと。長谷川さんは、そのひとつひとつを開拓し、会社を立ち上げて12年目になる。この季節は、すでに夏休みに入っているロシアからのツアーの繁忙期だそうで、船で稚内に着いてバスで札幌にやって来る人達の深夜の出迎えや、飛行機を利用する人達の新千歳の送迎に加え、諸々のコーディネート、メディカルツアーの受け入れまでもこなし、八面六臂の活躍の日々を送っている。
 お話を伺う前から想像していた通り、明るくバイタリティー溢れる女性。時々、出てくるフレンドリーな「北海道弁」ニュアンスの話し方からも、北海道女性のおおらかさや強さが伝わってくる。

長谷川真奈さん 他に誰も手がけていない仕事を推し進めてきたというのは、どんな思いからなのだろう。
 バブルの真っ只中に証券会社に入社した長谷川さん、自分だからこそ出来る仕事はないかと漠然と感じていた頃にたまたま実家のある根室に帰省すると、ソ連崩壊後のロシアから漁業関係者などが商談で何人もやって来ている。ロシア語の通訳はひとりもいないために身振り手振りで困っている彼らを見て、「それなら私がなろう!」と思い立ち、会社を辞めてモスクワでの語学留学へ。93年、この頃はニュースでも盛んに取り上げられたが、パンや野菜を買うのに長い行列が出来るというまだまだ政情不安の真っ最中。そんな中で11ヶ月、「困ったな」と思いながらも学校に通いロシア語をマスター。
 根室に戻るが、机上の学びゆえ会話はほとんど通じず愕然。それならばとロシアの船員さん達の後をついて、日々の生活や遊びの中から実践でロシア語を習得しているうちに「ロシア語が出来る女の子」として重宝がられ、日本の商社などからも仕事が来る通訳に。
 貿易の仲立ちをしているうちに、「私は通訳がしたいわけではない」と気づき、商売の手助けを求めている人がいるとわかると、「私がやってあげよう!」と蟹のビジネスなどで橋渡しの役割を果たすように。そうこうする中、サハリンプロジェクトが右肩上がりに成長し始めると、ロシア人の暮らしにも余裕が出来て、3ヶ月間の夏休みは海外旅行を満喫するという時代に入る。海外といっても近い日本にはやって来ていない。なぜ?行きたいのに情報がない、どこに手続きに行ったらいいのかもわからないというロシア人の声を聞いて、「それなら私がやってあげたい!」と、ツアー関連に業務転換。2004年に今の「さくらツアー企画」を立ち上げたのだという。
 私は相づちで何度「へぇ~!」を言ったことか。会社を辞め退路を断って乗り込んだモスクワ語学留学も、国情の不安定さなど知らずに飛び込んだというから、「へぇ~」を通り越して「ひょえ~!!」の気分。「毎日泣いていた」と言いながらも異国での生活を逞しくこなし、根室に帰ってからも、日常会話が出来なくて困ったと言いつつ、ロシア人達の中に入っていって言葉をマスターするという何とも勇気溢れる実践派。
 そのすべての根っこには、「誰もやらないなら、私がやってあげたい」という強い思いがあり、その強みがこの小柄な女性を動かしているということがエネルギッシュに伝わってきた。

長谷川真奈さん 長谷川さんは、「前例のないことを、どうしたらうまくいくかを考えるのが本当に楽しい」と言う。誰でも出来る仕事ではなく、自分だからこそ出来ることは何かと考えることが、と。
 とはいえ、国際情勢は今ほんとうに難しい。状況は刻々と変わるし、国同士の関係はとてもデリケート。ロシアは今、ウクライナ問題で制裁を科され、西側とは今なお緊張状態が続く。日本ともサケ・マス漁業問題などが突如浮上し、日ロのトップ会談も実現がいつになるのか、いいニュースはこれを書いている段階でまだ届いていない。そんな状況もあり、ロシアと日本は近くて遠い国のままだが、草の根民間交流を果敢に切り開いてきた立場としてそのあたりはどう感じているのか?長谷川さんは、明快に答える。
 「私は国とビジネスをしているわけではない。そして、会社としてというより、長谷川真奈個人がロシアの人達個人個人にどう喜んで貰えるかと思ってやっている」
 隣人同士だし、話をしてみるとみんないい人だし・・・と、「近さ」という利点を生かすことでまだまだ日ロ民間ビジネスの可能性は広がっていくと、明るく話す。
 札幌市と姉妹都市提携を結ぶノボシビルスクとの交流も、これまでは「友好交流」しかなかったけれど、ビジネスをしたい現地の人達は人は沢山いる。「姉妹都市札幌がまずやらなきゃ!」と、今後の経済交流にも夢を描いていることを話してくれた。
 やはり、「誰もやらないのなら、私がやらなきゃ!」という心意気。

 最近よく為政者達の言葉でよく耳にするのが、「国際情勢が変化してきたから・・・」というもの。緊迫感が益々増してきたという空気が色濃く醸し出されているが、国という傘の下の民間のひとりひとりは、それほど変わっていないのではと思う。
 ひとりひとりと話すと、ちゃんと聴く耳を持っていたり、人と人同志、尊重する心も持っているはず。誠実な暮らしを営む多くの人は、誰も近い国の人達と喧嘩をしたいと思っているわけではないだろう。
 長谷川さんの、「隣人同士、仲良くするのは当たり前じゃない?」といった姿勢は、やはり、民間からのボトムアップの潮流として益々必要なのではと改めて感じたインタビューだった。

(インタビュー後記 村井裕子)

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