11月2日放送

 いったいこの世の中は、どこへ向かっていこうとしているのだろう…。発展発展の掛け声勇ましくこのままいろいろなものが強大に、猛々しくなっていくのだろうか…。人の心が、小さき者たちの感受性が置き去りにされつつ、一体何を求めていこうとしているのだろうか…。
 日々の気重なニュースに息が詰まりそうになると、アラスカ写真家だった星野道夫さんのエッセイや講演集を読む。そうだったそうだった…と思いながら、今度は池澤夏樹さんの著作に手を伸ばす。ゆっくり、ゆっくりその真髄を味わい、やっぱり大事なことはここにある…と、自分を取り戻す。
 最近、そんな繰り返しだ。
 今、手に取っているのは「母なる自然のおっぱい」(新潮文庫)。1992年に出された池澤さんの自然や生きもの、人間についての考察。生きものとしての人間が忘れてしまったもの、無くしてしまった知恵の数々が突きつけられる。そして、日々の不安なニュースや出来事で煮詰まりそうになっていた頭が、ぐいっと持ち上げられて高い空から地球を眺められるような…そんなゼロの感覚に戻してくれる。

佐竹秀樹さん 人間は、地球上のあらゆる生きものたちとどう付き合ってきて、そのやり方のひとつひとつはそれでよかったのだろうか…。
 そんなことを考えながらお迎えした今回の「ほっかいどう元気びと」は、旭川郊外で牧場を営む「クリーマリー農夢」の佐竹秀樹さん 57歳。
 佐竹さんは、二十歳の時にイギリスの女性ジャーナリスト、ルース・ハリソン著「アニマル・マシーン」という本に出会って、「アニマルウェルフェア(動物福祉)」という理念に共感。いつか自分でそのような牧場を作りたいという思いを強くし、オーストラリアの牧場での就職経験や北海道に戻ってからの紆余曲折を経て、現在、理想とする小規模経営の牧場で牛を飼い乳を搾り、バターやチーズを加工するという持続的農業の実践を続けている。
 「動物福祉」の概念は、家畜を単なる「農畜産物ではなく、感受性のある生命存在」と位置付け、「飢えと渇きからの自由」「不快からの自由」「痛み、傷、病気からの自由」「通常行動への自由」「恐怖や悲しみからの自由」といった五つの自由に基づき、家畜へのストレスを軽減して、健康増進を目指すというもの。
 「経済動物」いわゆる産業の為に飼う生きものと言えども、苦しい思いや痛い思いをさせずに心身の健康に最大限に配慮をするということなのですねと佐竹さんに尋ねると、ストレスを軽減し健康増進を図ることで、例えば鶏なら卵の味が全然違う。牛なら牛乳の成分の濃さや味わいが格段に違うのですと、佐竹さんはその生産物への目に見える大きな効果についても楽しそうに教えてくれる。
 子牛の時から声をかけて育て、「会話」を楽しみ、いろいろ大変なことがあっても夕方に牛達の世話をしているとすべて忘れられる。ほんとうに牛に癒されるんですよ…と、佐竹さんは日々を共にしている6頭のホルスタインへの愛しさを語り、ちょっと自分は「アニマルウェルフェア」より「動物愛護」に片寄りすぎているかもしれませんが…と、照れ笑いを見せる。
佐竹秀樹さん そして続ける。
 「現状の大規模酪農を否定したり、自分達のやり方を押し付けたりするつもりは一切無い。ただ、大規模でも家畜達の健康的な環境を今より少し考えてみようというきっかけになれば、自分が独自で取り組んでいる意味はあるなあ」
 あくまで謙虚な「牛飼い」さんだ。それでも、このところ共感してくれる人も増え、今年5月には「北海道・農業と動物福祉の研究会」もスタートし、横の繋がりもこれから楽しみなのだと語る。
 「ウェルフェア」の意味は、「福祉」という訳などが当てられているが、最初に辞書で出てきたのは「幸福」という意味。
 佐竹さんはご夫婦でよく「動物福祉って、ごく当たり前のことだよね」と話されているそうだが、ごく自然に生きものの幸せを、そしてそれと繋がる人間の幸せを考えているのだということが、お人柄とともに伝わってきた。

 佐竹さんたちのこれからの夢は、「地球の環境を壊さない持続的な農業」。牛にとって美味しい牧草を育て、環境を汚さないエネルギーを生み出す方法を考え、すべてが循環できる農業を目指していきますと、どこにも余計な力の入らない自然体がとても印象的だった。

 前述の池澤夏樹さんの「母なる自然のおっぱい」。「ぼくらの中の動物たち」という章の中に、こんな表現があった。

 ……カナダ・インディアンはトナカイを棒で殴って殺すことを自らに禁じる。それはトナカイ自身が嫌がるやりかたであって、そういうことをするとそれ以降その地方にはトナカイの群れが来なくなるという。トナカイたちは全員で一つの精神を持ち、仲間の一頭がどこで誰にどういう殺されかたをしたかを瞬時にして知る。正しい殺されかたで死んだ場合にはトナカイが人を恨むことはない。それは大いなる循環の一つの段階に過ぎない。……

 人間が上で動物が下であるという考え方は、あらゆるものを歪にしてきたようだ。生きものが「一つの精神を持つ」という視座を持てることは素敵だ。
 動物と言ってもひとつには括れない。その向き合い方にしてもひとつの答えが正解ではない。時代の変化もあるし、その土地の文化もある。簡単に結論の出せない難しいテーマだが、今日はもう少し生きものの「ほんとうのさいわい」を思いながら、本を読み進めよう。
 それが人間とは何かということを考えるひとつの端緒になるかもしれない。

(インタビュー後記 村井裕子)

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