10月19日放送

 今年のノーベル平和賞は、インドのカイラシュ・サティヤルティさん(60)と、パキスタン出身のマララ・ユスフザイさん(17)。貧困や戦乱、差別などの理由で教育の機会を奪われている子どもを救おうと活動してきたふたりに贈られた。
 子どもが健やかに育つ権利や教育を受ける権利を奪われている世界の現状はあまりにも過酷だが、子どもの貧困問題が浮上してきた日本でも見過ごせない問題だ。子どもが不幸せなままの国はどれだけ国力を持っても豊かな国とは言えないだろう。「自分は生まれてきてよかった」「望まれてここにいる」と実感できるような希望を与えてあげるのは大人たちの果す役割。「世界中の若者に希望を与えたい」との授与理由は、そのまますべての大人ひとりひとりへ突きつけられる大きな課題なのだと、その大きな意味合いが伝わってくる。

磯田憲一さん 「村井さん、今の世界の共通課題は、子どもの命をいかに慈しみながら育てるかだと思う。時を重ねて、その子がその地域を、その国のあらゆるものを支える力になっていく宝なんですから」
 そう語るのは、今回の「ほっかいどう元気びと」のゲスト磯田憲一さん 69歳。子どもの誕生を町ぐるみで祝おうと旭川家具の職人手作りの椅子を新生児に贈る「君の椅子」プロジェクトの代表として、「子どもの居場所作り」に尽力されている。
 磯田さんは言う。子どもにとって大事なのは、「自分は愛されて育ったのだ」という記憶。それは、親にはもちろん、地域もそう。その地域に自分は受け入れられたという実感を持てた子どもは、やがて成長した時の地域への愛着が違ってくるとも語る。そのための「君の居場所」。
 そして、北海道庁で長く手腕を発揮してきた磯田さんの視野にあるのは、北海道を、地域をどうより良く出来るかという一貫して変わらぬテーマだ。
 旭川大学大学院「磯田ゼミ」でのディスカッションがきっかけとなり、東川町で2006年にスタートした「君の椅子」プロジェクトは、地域のもの作りへ敬意を表し、職人たちへの収入にも繋げたいと旭川家具の作り手に担って貰うことで地場産業を活性化し、さらに、その後、剣淵、愛別、東神楽、中川町と参加自治体を増やすなかで椅子の材料自体も中川町の樹木を使うなど、関わるすべてがより良く循環していく仕組みを作り上げてきたという。

磯田憲一さん そして、その流れの中で2011年3月に発生した東日本大震災。
 磯田さんたちプロジェクトのメンバーは自分たちに出来ることは何かと悩んだあげく、この日生まれた岩手県、宮城県、福島県の子どもたちにも「希望の君の椅子」と題した世界にひとつだけの椅子を贈ろうと奔走する。
 その思いの根本にあるのは、「人の気持ちへの想像力」だ。3月11日という日には多くの人が命を落としたが、そんな中 で誕生した命もあるはず。おめでたい誕生のはずなのに、祝う気持ちを申し訳なく思ったり、ひっそりした中で嬉しい気持ちを隠したりした親も多かったのではないか。一年後、二年後・・・この日は「鎮魂の日」と呼ばれ、震災被害者の死を悼む日となるだろう。とはいえ、やはり「生まれてきてくれてありがとう」と祝う気持ちを伝えなくては・・・三県でその日誕生した子どもの人数を調べると合わせて104の出生が判明。さらに名前を調べてまずは確認できた98人の子どもたちに、その名を印した「君の椅子」を手渡ししたのだという。
 磯田さんの思いのなかには「時間」という概念がある。時が生む価値。その子が成長する流れの中で椅子を見るたびに「自分の命は尊い命 なのだ」と自分の価値を信じられるように、その役割を小さな椅子が果たせるようにと、未来へ希望を託すという思いだ。
 それは、ごく日常の中で生まれてきたすべての子どもたちも同じこと。この椅子は、愛されてこの世に生まれてきた証。親や親族はもちろん、地域にもおめでとうと受け入れてもらったという揺るぎないかたち。この小さな椅子を贈るという取り組みは、「時間」という贈り物とも相まって、何年も何年も何かをメッセージし続けるのだということが伝わってきた。
 椅子は「モノ」には違わないが、その「モノ」の経済価値ではなく、「人の思い」という絶対価値が込められている。それはもはや一瞬一瞬で消費される「ファスト」ではなく「スロウ」だろう 。これからの人の営みは、大量生産・大量消費から脱却して、そういう時間軸の中で「見えない価値をどう込めるか」、つまるところ精神性が大切なのだということを改めて感じる“磯田哲学”だった。

 磯田さんと言えば、北海道庁時代、「時のアセスメント」を発案し実行した当事者だ。公共事業に「時間のものさし」をあてて、時代にそぐわない公共事業を見直し、無駄があれば立ち止まって考え直すという地方の気概が試されるというもの。
 「中央からお金が下りてくるのを口をあんぐり開けて待っているのはもう止めよう。北海道の潜在力を皆で掘り起こし、意地を見せて北海道らしさで生きていくということを皆で考えなければ」と磯田さんは熱く語り、その発想の根本と、子どもを支え、もの作りの技術に光を当て、地域の産業に関わる人達を支えて誇りを取り戻そうよという「君の椅子」の取り組みの根本とは何ら変わらないのだというところに話が繋がっていった。
 「時のものさし」をあてても変わらないものがこの世にあるとしたら、それは、いつの世もどんな場所でも揺るぎのないそんな「普遍」の思いか。

 収録後の「あなたの宝もの」を訊いていく中で、磯田さんはこう語る。
 「やはり僕にとってはこの『君の椅子』が宝もの。そして、その椅子は、これを作る技を持つ北海道、素材となる木がある北海道を体現するものなので、そういうもので作られた椅子が世界の子どもたちの『居場所』になっていくということが宝ものです」
 どの国、どの地域であろうと、生まれてくる子どもひとりひとりの「君の居場所」を一心に願う心。ノーベル平和賞は偉大な賞であり、受賞者のふたりの活動には並々ならぬ尽力があるが、その「普遍」は、地方の小さな町々の取り組みとも根底で繋がっている。

(インタビュー後記 村井裕子)

HBC TOPRadio TOP▲UP