10月12日放送

石切山祥子さん 今回の「ほっかいどう元気びと」は、札幌で活躍するスタイリストの石切山祥子さん。フリーのスタイリストになって26年。過ごした人生はちょうど半世紀。
 40の坂、50の坂を越え、自分の道をまっしぐらに切り開いてきた人に対し私は深いシンパシーを感じてしまう。石切山さんとは初対面ながら、話を進めるうちに仕事の背負い方やプラス思考の深め方、仕事で人の役に立ちたいという思いに共感し、収録後には「身体を労ってお互いまだまだがんばりましょう」といった旧友同志のような空気が漂う楽しいインタビューだった。(身体を労るところがまさに50代だが・・笑)

 石切山さんの向かいたいところははっきりしている。人の喜ぶ顔が見たい。人の気持ちを上げたい。幸せにしたいということだ。
 建設会社のOLになったものの、「私だからこそ出来る仕事がしたい」と、会社勤めを続けながらスタイリスト塾へ通ったのが人生の転機。最初は、写真を撮ることへの興味からだったと言うが、その延長線上にスタイリストという仕事があることを知り、ノウハウを学んだ後でフリーの道へ。最初に手がけた広告の仕事で、スタイリングした人がどんどん綺麗になっていく喜びに出会い、「私はこの仕事に向いている」と確信したと話す。
 テレビや広告の中の世界をどうセンス良く魅せられるかという経験を重ねる中、自分らしさとして最も大事にしていたのは、自分が手がけた広告を見た人の気持ちが「上がる」こと。皆にちょっとでも気持ちが明るくなったり、楽しくなったりしてほしい。「そうすれば、札幌の街全体も明るくなりますよね」と、楽しそうに言葉が溢れる。
 役割感を話すときの石切山さん、大きな目がくるんと一回り大きくなる。さらに大きくなったのは、テレビの企画で「奥様変身コーナー」に関わったことを話したとき。どの方も、洋服や髪型の変身後に感激して号泣し、「これからの自分の人生を何とか頑張れる」と話すのを聞いて自分ももらい泣き。ファッションは魔法だと再認識して、そういう「新しい魅力発見」の力にもなりたいと、最近は個人の方のスタイリングにも力を入れているのだと話す。さらに、これからの夢は、身体に障がいを持つ人でもおしゃれを楽しめるような洋服作りにも携わることや、体型に自信が無いという人達にもいきいきとファッションを楽しんで貰えるようなアイディアを提供していきたいということ。

石切山祥子さん 自分が取り組む仕事が、どんなふうに人を喜ばせるか。どう幸せにするか。
 それを、心棒にしている人は強くて明るい。
 よく「やりたいことを仕事にする人はごく少数」などという言い方を耳にすることがあるが、それは「その人の心次第」なのではないかと思う。「自分にはやりたいことが無い、やりかった仕事に就いていない」と諦めるのではなく、「自分が今やっていることが、どう人を喜ばせるか、幸せにするか」を徹底して考え続け、目の前のことに一生懸命になることこそが、本来の力を発揮して自分を生かす道に繋がっていくのではと思う。
 そして、「強くて、明るい」人も、最初からその基盤が出来上がっていたわけではないとこの頃よくそんなことを考える。人の中には、いろいろな「資源」があって、明るさや積極性、親切、意志力、強さなどは「よい資源」。それを自分で自分の中から掘り起こして、磨いて、自分の前面に押し出すのだ。
 もちろん、暗さや消極性、無関心、怠け心、弱さなども人間だから、確かにある。でも、意識してそれを後ろに引っ込め、「いい資源」を前に、前に。そうして10年、20年と積み重ねているうちに、それはその人の人格になる。
 ひとつのことを続けていくためには、そんな努力が欠かせない。失敗もし、自分の嫌なところや小ささにも直面する。ダメダメの自分と向き合って、そこを乗り越える鍵は自分で自分をより良く変える気づき。そんな中での大きな救いが、「自分がやっていることが、誰かを喜ばせる。幸せにする」といった使命感という名の宝の鍵なのではないだろうか。
 私が50代にシンパシーを感じるのは、そんなふうに、いろいろな道を転びながらも歩いてきたよね、気づくことが沢山あったよね・・という思いが通じ合うからだ。

 収録後の「宝もの」の聞き取りから熱い雑談に変わっていって、「自分は自分でいいと受け入れる自信がついたのはいつ頃?」といった問いかけをしたときに、石切山さんは30代後半だったと話してくれた。ちょっと煮詰まって一月ほどロンドンで暮らした時。いろいろな人種の人達の異文化に囲まれて過ごしているうちに、世界は広い、自分は自分でいいのだと何かがふっと腑に落ちて、新たな気持ちになったのだそう。
 何かの曲がり角を曲がった人の話は、鏡に向かうみたいに自分の記憶も映し出す。ふと、私自身も同じような心境になった転換点がよみがえった。やはり30代の終わりの大きな曲がり角。「私は、この私でいい」と自分を受け入れられるようになったのは、思い切って環境を変え、とことん「守りたいもの」と「捨てていいもの」に向き合った経験があったからだと思い出す。余計なものをそぎ落とした「等身大の私」の心地よさ。
 面白いのは、そのあたりから着るものも変わってきたことだ。
 装飾や要らないものが引き算され、外側からどう見られるかより背筋を伸ばした自分に似合う心地いいものが残っていった。20代頃の「アナウンサー」という枠にはまるような好感度スーツも、黒づくめのモードファッションや80年代大流行の肩パット(怒り肩)スーツも、それはそれでその時の自分なりの「意志」も確かに表れていたとは思うが、ちぐはぐにぶれまくっていたファッションは自信の無さの現れ。何かの枠だったり、流行という空気だったり、誰かが着ていたからという横並び意識。いつも何かが過剰で、何かが足りなかった。
 自分の軸が、その人に合った洋服も生き方も選ぶのだとつくづく思う。
 おしゃれの楽しさは、自分を好きになるということ。石切山さんの、「自分が思っている欠点なんて、ぜんっぜん人は気にしない!それもその人の大事な要素。ファッションの魔法で全部好きになってあげて!」と、目力マックスで楽しそうに話していたのが印象的だった。

 年齢は贈り物。躓いたり、転んだり、自分を受け入れられなかった経験があるからこそ、明るく、強く、そして、人のために何かをするのを喜べる人になる。

(インタビュー後記 村井裕子)

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