5月4日放送

 「結縁(けちえん)」という言葉は仏教の言葉で、「世の人が仏法と縁を結ぶこと」といった意味だそうだが、作家の落合恵子さんは、「血縁」とは違う縁の結び方の意味で、たまたま出逢った縁で結ぶ人と人との繋がりの「結ぶ縁=結縁」という表現をされている。
 血の繋がりである「血縁」も勿論大事なものだが、とかく民族問題や内戦の多くは血族意識が発生源になりがち。人が自分で引き寄せて結んだ縁を大切にしていくことで柔らかなネットワークが広がっていく・・との思いに強く共感した覚えがある。

渡部一美さん 「結ぶ縁」の「結縁」。いつの間にか強い国を目指して突き進むかのような今の流れに取り残されるかのように核家族化、高齢化社会、格差社会、後継者不足といった難問が山積する現代にあって、このキーワードは不安渦巻く世の中に優しく風が吹き抜けるような救いがある。今回の「ほっかいどう元気びと」のゲスト、札幌の観光幌馬車の二代目御者である渡部一美さん(48歳)とお話をしていて、“人の縁は血縁だけでなく、いろいろな縁が結ばれ繋がりあっている”その「結縁」というキーワードが思い出された。
 観光シーズンの札幌でお客さんを乗せて時計台や道庁赤レンガ前を通る馬車は、開拓の歴史を伝える幌馬車を札幌の街に残そうと、創業者である故・土屋光雄さんが1978年に初代相棒・金太1号と共に営業を始めたもの。馬車の運行に安全管理を徹底させるという信念によって、以来36年間、初夏から秋にかけての風景のひとつとしてすっかりビル街に溶け込み、馬が街なかで車と一緒に通行する何とものどかな光景は、行き交う市民の気持ちをも和ませる役割も果たしてきた。
渡部一美さん 渡部さんは2009年から二代目御者として札幌観光のための手綱を握っているが、先代の土屋さんと出会ってその跡を引き継ぐことになったきっかけは、渡部さんが前職で営んでいたラーメン屋さんにお客さんとして来ていたのが土屋さんだったという縁。縁というのは不思議なもので、その頃、ラーメン店の立ち退き話が浮上し、渡部さんは次の物件さがしに奔走していたそうだが、ちょうどそんなタイミングで土屋さんから「幌馬車の仕事を手伝ってみないか」の一言が。
 渡部さんは、その時41歳。これまで「オーストラリアでジンギスカン屋をやってみたい」などあれこれ奔放な夢を描いていたそうだが、「馬を見たらみんな笑顔になる。その笑顔を見たらやめられないぞ」と、観光幌馬車の楽しさを語る土屋さんに惹かれ、「今やれることをやってみよう」と転職を決めたのだそうだ。
 初めての馬の世話から、馬車運行の見習いと、すべてが新しいことの挑戦だったと言う。そして2年目、幌馬車もひとりで任せて貰えるようになっていたその矢先に先代の土屋さんの突然の病死。まだまだ教えて欲しいことは沢山あったそうだが、とにかく存続させなければと、土屋さんの妻で「株式会社 札幌幌馬車観光」の現社長の豊子さんと四十九日が明けて営業を再開することを決める。渡部さんの独り立ちを認めて旅立ったかのようなそのタイミングに、「先代はこれで幌馬車を託せると安心して逝ったのだと思う」と豊子さんは渡部さんに話したそうだが、たまたまの出会いとはいえ、先代と二代目の間には信念を持って大事にしてきたものを手渡せる「結縁」があったのだろうと、その絆の強さを思わずにはいられない。

 勿論、世の中、血の繋がりの中で二代目三代目に仕事や技を受け渡していくという責任の全うの仕方も大事なことだが、「ひょんなことから」出会った縁を生かすという人生も何か目に見えない糸にたぐり寄せられた必然のことに思えてくる。どちらにしても、大切なのは、道を作った人の思いや志をしっかり受け取って次に繋いでいくこと。
 札幌観光幌馬車の創業者である土屋さんは、「自分がやっていることは、人の役に立っている」と使命感を大事にし、「それによって街のみんなが喜んでくれる」とやりがいを実感し、「馬に優しい街は人にも優しい街はである」と、観光都市札幌の誇りも大切にしていたそうだ。渡部さんは、その先代の思いをそっくり楽しそうに受け継ぎ、相棒の銀太2号(12歳)と共に今シーズンも営業をスタートさせ、北海道を訪れる旅人や支えてくれる人達とも緩やかな縁を繋いでいる。
 仕事の8割は銀太の世話や体調の管理。「それはもう孤独な作業ですよ。まあ、相手が馬なのでそれで癒されることもありますけどね」と笑うが、だからこそ幌馬車で街に出ていろんな人に出会えたり、喜んで貰ったりする瞬間が何ものにも変え難いのだそうだ。今年も頑張ってるねと声を掛けられると元気倍増、この仕事をやっていて良かったと話す。
 どんな仕事も、自分の責任をしっかり果たそうと志を高く持つと、孤独と向き合う時間は必定だ。誰も見ていない独りの時に何が出来るか。それによって仕事の質が変わってくる。ましてや、先代というお手本がいる場合の目指す高みはそんな時間の積み重ね無しには登っては行けない。

 それにしても、街のなか、銀太がポクリポクリと笑顔のお客さんを馬車に乗せて歩く姿は、何とも平和の象徴のような光景だ。この国には、先の戦争で農村から何十万頭もの馬が大陸へ出征させられ、兵器備品の扱いの末ただの一頭も生きて帰れなかったという忘れてはいけない歴史もある。街に馬がいる。それを見て人が笑顔になる。それは、何気無い風景だが、何気無いことが毎年当たり前のように繰り返されることこそが幸せなことなのだということも忘れてはいけないのだと、この頃しみじみそう思う。

 結縁とは、弱い立場の人達にも目配りや心配りが出来る「共生」の取り組みでもある。支え、支えられ、声の小さい人や生きものも安心して、共に暮らせる社会。
 やはり、世界に覇を競う国より、そんな社会で穏やかに人と繋がりあって笑っていたい。
 街に馬車がいる、そんな優しいまち札幌で。

(インタビュー後記 村井裕子)

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