2月9日放送

板谷昌慶さん 今回の「ほっかいどう元気びと」は、釧路で生姜の生産・加工に取り組む「農業法人 農園霧の里」代表取締役の板谷昌慶さん 39歳。
冷涼な道東で、暖かい地方の生姜を作って特産にしようと思ったのは、衣食住の中でも最も大事な食を生み出す農業に取り組み、一次産業の新たなモデルケースとなることで地域振興に繋げたいとの願いからだという。
 地方は今たくさんの課題を抱えている。農業・漁業などの第一次産業は後継者がいない。ものづくりも職人がこなしてきた仕事の機械化が進んで人手が必要無くなりつつある。商店は大型店にお客を奪われ、シャッター街が残される・・。そんな中で、厳しい状況だからと嘆きながらそのまま鬱々した気持ちでやり過ごすのか、知恵を絞ってアイディアを出し何かを始めてみるのか。どちらが明るい未来なのかは言わずもがなだ。
 板谷さんは、「ピンチはチャンス」と言い切る。ご自身の本業も一昔前に比べると逆風がまともに吹き付ける「看板業」で、描き手はパソコンに取って代わられ、広告宣伝費も控えられる厳しい状況とのことだが、前向きに話が出来る地域の「仲間たち」とあれこれ協議する中で、新しい挑戦に踏み出そうという気持ちになっていったと言う。

板谷昌慶さん そうして取り組み始めた生姜栽培で一番こだわっているのは無農薬であるということ。安全安心なものを作ることで、「釧路町の生姜」というブランドが必ず定着する。その手塩にかけた生姜を丸ごとパウダーにすることで、加工品としての付加価値を付けて販売出来る。水産業や酒造メーカーなどと手を携えることで地元特産の商品が生まれる、との思いだ。
 これまでに、自治体の助成金で加工場を作ることが出来、生姜パウダーを生産し生姜焼酎なども限定販売するところまでこぎ着けたが、さらに収量をあげるという目標に取り組んで行きたいと夢を語る。
 地域の疲弊を「ピンチはチャンス」に変えていくという考え方として、使っていない建物を加工場などに活用していくという発想の転換。横のネットワークが充実していればいくらでも情報が入ってくる小さい町の強みが活かせるだろう。さらに、栽培をやめてしまってそのままになっているハウスを所有する農家に働きかけて、種生姜の提供や栽培のノウハウを伝え、収穫物を買い取るという仕組みづくりも模索しているのだと板谷さんは言う。

 「寒い釧路で生姜作りなんてあまい」などという厳しい声も少なくなかったというが、板谷さんはニコニコと「地道にやって結果を出していけば、そういう人たちもじきに協力してくれると思うから、いいと思ったらやり続けるだけです」と話す。
 心強いのは、いろいろな職種の仲間たち。ダメなものはダメと言ってくれ、困った時には助けてくれる。そういう持ちつ持たれつの仲間がいたおかげでここまできたと何度も言う。「ま、お酒を飲む仲間でもあるんですけどね」と楽しそうに。
 初めて取り組む農業、頭で考えることが出来ても実行に移すのはどれほど難しいことか。「虫やミミズが嫌いだから、夏場の草取りが大変で」と笑ってひょうひょうとしている板谷さんだが、話の端々から伺える信条は「何事も、悩んでいる暇があったら、やってみる」ということ。
 「教師をしていた父親にまだ迷っている段階で相談した時、“相談しているということは、もうやろうと思っているのだから決断したらいい”と言われ、それもそうだな、悩んでいる暇があったらやってみればいいんだと背中を押された」と話す。

 地方の温かさ、良さが感じられるのはこういう時だ。
 「ほっかいどう元気びと」の後ろには必ず「元気びと」がいる。
 支えたり、叱咤激励したり、黙って見守っていたり、ただただその人のことを思っていてくれたりする、家族や、友人や仲間たち。
 ネットの仮想空間ではなく、面と向かって、近くで温度を感じながら話す人との繋がり。生身の人間同士の煩わしさもありつつ、時には喧嘩もしながら、お腹の底から信じられる人付き合い。そこから生まれる「元気びとたち」。

 釧路町の生姜「霧美人」を特産物として育て上げようと頑張っている板谷さんは150人目の出演者だ。その人たちから沢山の頑張る笑顔が繋がっているのだと思うと、とても頼もしく希望溢れるイメージが膨らんでいく。

(インタビュー後記 村井裕子)

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