12月8日放送

 私は、絵が上手ではない。描くことは嫌いではないのだが、子どもの頃から親しくなる友人達になぜか絵のセンスに溢れた人が多く、“絵心のある無し”は確かにあるのだと早くから悟った。彼女達のペンの先にスルスルと現れるイラストや風景画に憧れてタッチを真似てみるのだが、私のは「何かが違う」。描いているうちにもどかしさが募り、絵の具も色鉛筆もいつしか引き出しの奥に仕舞ったきりになってしまった。
 そんな私が、日常生活の中でスケッチをせずにはいられなかった日々がある。初めて犬と暮らした9年間だ。
 ゴールデンレトリーバーの仔犬「くるみ」との生活は、毎日がとにかくびっくりマーク付きのエピソードの連続。ヒヤリとしたり大笑いしたり、あきれたりキュンとしたりと、予測不能の生きものに振り回される中で、自分の内面から溢れ出る「可愛い」「面白い」「愛しい」「可笑しい」「あたたかい」といった感情をそのままにしておくのがもったいなくて表情や姿を描きとめているうちに、飼い犬の姿だけは描けるようになっていたのだ。
 3年ほど習った陶芸で皿を作っては“くるみ”を描き、茶碗を手作りしては描き、そのうちに壺にも入魂の“くるみ絵図”。リンゴを食べているくるみ、フランスパンを抱えているくるみ、すやすや寝ているくるみ・・・元気だった頃の雰囲気を絶妙に残して彼はそこにいる。
 私の場合は、絵の才能の開花・・ではない。なぜならば、今でも他の動物はとんと描けない。犬種の違う、例えばビーグルも可愛いけれど描けない。描けるのは“くるみ”だけ。多分、見ている意識が違うのだと思う。日々対象を見つめ続けることで網膜の奥に深く刻まれる愛しい残像。その愛しさが私の中にある何かを引き出してくれたのだ。
 「絵心」という表現を辞書で調べてみると、ひとつめの意味に『絵を描く心得、また、趣味。或いは、絵の趣を理解するその能力』とあるが、ふたつめには『絵を描きたい気持ち』という意味もある。能力は無いが、気持ちはある。この愛しい生きものを描きたい!という気持ち。そうそう、濃い時間を共に暮らした生きものを描けるというのはそういうことだ。それなら、私にも「絵心」はある。

はたさきこさん 今回の「ほっかいどう元気びと」のゲストは、「チャトやお呼びですか?~猫といつまでも」という絵本エッセイが人気の札幌在住の主婦はたさきこさん。
 現在74歳のはたさんが、飼い猫チャトとの日常を8コマの漫画と短文で綴り始めたのは、今から14年前という。1枚の紙を8つに折って絵を描いていくとミニ絵本になると娘さんに教わり、最初は友人たちに書き送っていただけだったそうだが、人の出会いが縁を繋げて“私家本”となり、大きな反響を得て今や全国発売。絵と文を通して、チャトは多くの人にほのぼのとした安らぎを与えている。

はたさきこさん “74歳で全国デビュー”という表現には、はにかむような優しい笑顔を見せるはたさん、それもそのはず、チャトを描くまでは絵とは全く無縁に過ごしていたと言う。子どもの頃から特別下手なわけでもないが褒められるわけでもなかったというから、やはり絵を描き始めるきっかけは、紛れもなく”チャト”の存在あってのことだろう。
 はたさんの中の「絵心」である“絵を描きたい気持ち”はもちろんのこと、見た人からの「面白かった」「チャトが可愛い」という言葉に励まされて描いているうちに、元々備えていた“絵を描く心得”も開花したのだろう。
 はたさんもご自身で語っている。
 「チャトのおかげで描くことが出来た。私にそういう多少の才があるとしたら、それを発掘してくれた」と。

チャトやお呼びですか?~猫といつまでも 「チャトやお呼びですか?~猫といつまでも」に出てくる茶トラの猫“チャト”は17歳まではたさんご家族の元で暮らしたそうだが、8コマで表された日常を読んでみると、唯我独尊、気ままに生きる生きものの自由な振る舞いに知らず知らずに“働かされている”のは人間のほうだったと気づかされてしまう。しかも、“喜んで”という奉仕だ。夜中にミャーと起こされ、窓を開けさせられ、ごはんを食べ終わるまで“見てて、撫でて”と要求され、その都度その都度「お呼びですか?」と駆けつける。大変だけど、世話する人の心はなぜか満たされる。

 あれ?猫の日常だけど、犬派の私も妙にこの感じに共感できる。そう、犬もおんなじだからだ。可愛いしぐさで要求の種類が増えていき、いつの間にか従わせ、思い通りに人を動かして、いつまでも消えない思い出を刻んで・・・そうしていつしか潔く逝ってしまう。そんな彼らの底知れぬ力といったら。
 チャトの行状とくるみの“残像”がふと重なって、キュンとなる。

 無償に与え続けることで、自分の中の何かが発掘される。
 生きものとの暮らしは、とにかく面白くて、そうして不思議だ。

(インタビュー後記 村井裕子)

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