11月24日放送

 人が生まれながらに持つ「善意」って、どんな心根から来るのだろう。
 「人を幸せにしたい」という思いや、「人の役に立ちたい」という思い。そして、日々のほんのさりげない関わりの中で湧いてくる「美味しいものを食べさせたい」という思いも、人が心の奥に元々持っている温かい徳性だ。

 小さい頃、私の親は美味しいものや珍しいものをいただいたりすると、「自分たちはいいからお前たちが食べなさい」と一番美味しいものを子どもに食べさせてくれた。自分たちは戦争を体験して幼い頃に美味しいものをあまり食べていないにもかかわらず、「美味しいものを食べさせる」ことが最上の生きがいのようだったが、きっとそれは多かれ少なかれすべての親の思いに共通していることだろう。
 肉親だけではない。仕事で地方に出掛けたりすると、その土地の方々が「まず、食べてみろ」とか「たらふく食っていけ」などと特産品を嬉しそうに勧めてくれる。あの東日本大震災の被災地でさえ、手伝いに入った人たちに「どうぞ、どうぞ」と地元の食べ物を差し出し、食べて貰えることそのものを喜んでいたという。
 美味しいものを前にした時、「誰かに食べさせたい」という”胃袋満たしてあげたい願望”は人間の本能なのかもしれない。

川鍋健一さん 「ほっかいどう元気びと」の今回のゲストは、道東は釧路市で「川鍋菓子舗」を営む川鍋健一さん 64歳。収録の日の朝にはるばる列車に揺られて来てくださったが、スタジオに入ってくるなり沢山の包みをスタッフに渡してくださった。
 「川鍋菓子舗」の人気の洋菓子「五代目幣舞橋」が詰められた菓子折りに、ずっしりと持ち重りするお団子の箱。「みんなで食べて」と勧めてくれたそれは、86歳のお母様が朝2時に起きて作っているという今まで見たこともない位の大きな串団子!形がまん丸じゃないのは“ご愛嬌”だとか。地元の人たちの知る人ぞ知るというお団子だけに、手作り感満載でほんとうに美味しそう。そして、さらに、ご本人自ら朝作ってきたのだという大根の皮のキンピラと手作り塩辛も袋から出して、ようやく「初めまして」のご挨拶。

川鍋健一さん 川鍋さんは、菓子職人として釧路で愛される和洋菓子作りを続ける一方で、少年補導員としてボランティア活動にも13年間携わっているとのこと。イジメにあった子どもや不登校、虐待を受けた子どもを集めて料理教室なども続けているという活動の原動力を辿っていくと、その心根にあるのがまさに「美味しいものを食べさせたい」という思いだった。
 「だって、美味しいものを食べるとみんな笑顔になるじゃない」と、笑い皺を一層深く刻んで笑う。難しいことを自分は言わないし、こうしろああしろとも言わない。どうしたこうしたということも訊かない。ただ、美味しいものを一緒に作って食べるだけ。最初は部屋の隅っこにいた子どもも、じゃがいもの皮をむいたり、鍋でかき混ぜたり、料理をしている間に馴染んでいくよ、と川鍋さん。
 そういえば、昔は、そういう“利害関係の無い”いろんな人たちが地域にはたくさんいたっけ。親でも兄弟でも親戚でもない、学校の関係者でもない、地域で他の子どもたちのことも”ゆる~く”面倒を見てくれるような“おじさん、おばさん”。いろいろなことのワンクッションになってくれる“座布団”のような役目を果たしてくれる地域の人たち。
 川鍋さんは、そういう存在だ。“美味しいものを作ってくれる団子屋のおじさん”。

 川鍋さんの「人に美味しいものを食べさせたい」という源には、話を進めていくうちに、「人が好きだから」という“温度の高い”思いがあることが伝わってくる。人とすぐに友達になる。友達になると何か美味しいものを食べさせたくて、料理を作って持たせたりお菓子をお裾分けしたりするそうで、まさにお菓子屋さんは天職なのだろう。
 「自分に出来ることがあったら、やっぱり人のためにその力を使いたいでしょ」。
 それが川鍋さんの原動力。その「出来ること」が食にまつわることだから、たちまち自分も相手も笑顔になる。だからとてもシンプルなことと話す。

 「食は、人の天なり。よく味はひを調へ知れる人、大きなる徳とすべし」
 そう『徒然草』の中で説いたのは、鎌倉時代末期から南北朝にかけての動乱期を生きた吉田兼好だ。
 食は、天の如く重要なもの。美味しい料理を作る人は、それだけで大きな徳を持っていることなのだよ・・というその意味合いは、料理を生業にする人にとってどれだけ誉れ高く嬉しいものだろう。
 ずるさやごまかしなどに毅然と背を向け、「食は、人の天なり」を貫く尊い「徳」。
 奇しくも同音異義語だが、目先の「損得」を追い求めて食品偽装をしてしまうような「得」とは天と地ほどの違いがある。

 「美味しいものを食べさせたい」という思いは、確実に誰かを幸せにする。人を幸せに出来ると、自分も役に立てる喜びに満たされる。大いなる善の循環。
 小さな積み重ねかもしれないが、人として大切な徳性は、そんな”膳”の下にも隠れている。

(インタビュー後記 村井裕子)

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