8月25日放送

 「1Q84」以来心待ちにしていた村上春樹さんの新作は、色がモチーフの長編小説。装丁の色使いも印象的で、不思議なタイトルが想像力を掻き立てる。
 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。
 村上春樹作品は、意識の階層をどんどん降りて行って、そこで掘り起こされた世界を表現してくれるのが何とも面白い。かつて読んだインタビュー記事では、それはそれは過酷で孤独な作業の末に出てくる世界なのだといったようなことが書かれていた。いわゆる多くのファンがはまる「村上ワールド」。それが、今度は「色彩」だ。色と心・・どんな無意識層に連れて行ってくれるのだろう。
 読み始めると「色彩を持たない多崎つくる」というのは、表層的なことでは「名前に色が付いていない」ということが分かるが、人に付ける形容詞としての「色彩を持たない」だ。それがどういうことなのかという階段を降りて行くような高揚感が先を進ませる。
 赤松や青海など、多崎つくるの高校時代の4人の友人たちは名前に「色」がついている。「アカ」「アオ」「シロ」「クロ」と呼び合い、そしてただそのままの「つくる」と呼ばれる。いつまでも続いていくだろうと思っていたその友情はある日突然終わりを告げ、「名前に色彩を持たない」彼だけが意味も分からず無情に切り離される。若い「つくる」にとってその突然の拒絶は死も同然。苦しすぎて理由も解明できず、心を押し込めたまま社会人になるが、あるきかっけで事実を紐解く旅に出る。「死んでしまったつくる」を辿り、再びいのちを取り戻す巡礼の旅。

田中希さん なぜ、村上春樹は今、「色彩」をモチーフにしたのだろう。
 心と色をどうつなぎ合わせたかったのだろう。

 色の世界は、色彩心理学などもあるように無意識層と繋がっていると言われるが、今回の「ほっかいどう元気びと」のゲスト、カラーコーディネイターの田中希さん(「AMICA color design」代表)と話をしてみて、とにかく「色」の世界は知れば知るほど奥深く、それはそのまま自分を知ることにも繋がっていくのだということが、とても興味深かった。
 黒い髪と、ブーゲンビリアの花の色のような鮮烈なピンク系ジャケットの田中さん。スタジオの空気が一瞬にして明るくなる。
 色に関しての仕事をするようになったのは、そもそも「私にはどんな色が似合うんだろう?」という小さな疑問から。流行の茶色い髪が似合う人もいるけれど、自分にはまるで似合わない。では、洋服の色合いは?メイクのカラーバリエーションは?
 パーソナルカラーなど色に関する学びを重ねて色彩の意味を知っていく中で、自ずと自分と向き合い、ぶれない自信が身についていったと言う。「自分のカラー」とよく表現するが、まさに、丸ごとの自分を捉えた「私の色」。
田中希さん 田中さんは、母親の出身地の青森の「ねぶた祭り」がたぶん原風景となっていると思うと前置きして、色は色でも黒とのコントラストが好きと話す。可愛いパステルカラーではなく、わびさびの色や「百彩」と表される墨の黒にも心惹かれると。
 なるほど、色の好みは人を表す。お話を伺っていると、田中さんの持ち味は「黒でくっきりと縁取られた色」という印象になってくるから不思議だ。
 話の中に何度か出てくるのが「個である自分でありたかった」という表現。性別や立場や年齢で「束ねられない」「括られない」自分。仕事をしてきた道程は、そのくっきりと縁取りされた自分がいったいどういう役割を果たせるかを求めてきた足跡であったということが伝わってくる。そのために必要だったひとつひとつを「突き詰める」というやり方。
 色を塗り重ねて、塗り重ねて、その上で研いでいくと、積み重ねた地の模様や輝きが出てくる若狭塗り箸のように、重ねる作業と研ぐ作業の人なのだろうと、その頑張りに強く共感する思いになる。
 最近はずいぶん優しい色合いも好きになったし、尖ったところを丸くする「調和」の意識も出てきて、「全体から飛び出た個を見出したい」から「全体の中の個」と思えるようになったと笑う田中さん。未だに男性社会である建築業界での仕事の仕方も、はじめから自分の色を主張せずに、「透明」になる感じで「まずは受け入れてみる」。どんな人も、今の自分に必要な学びの出会いなのだと思うことで、交渉も消耗せずにできるようになったと話してくれた。
 そして、人によって持ち味の色は皆違う。そして、一人の人間の色合いも年齢によって変わってくるのがまた面白いのです、と。

 前述の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』には、本筋とは違う不思議なエピソードの中で、次のような意味合いのことが語られていた。
 ・・・人間は一人ひとり自分の色というものを持っていて、身体の輪郭に沿ってほんのり光って浮かんでいる。好ましい色もあれば、とても嫌な感じのする色もある。光が濃い人間も、淡い人間も。そんななかで、ある種の色とある種の光の濃さを持っている人間が千人か二千人に一人いる。彼らは他の人たちと何が違うのか。それは、跳躍することを恐れない人々だということだ。

 人間の本質とそこから発する色と光。「跳躍することを恐れない」ある種の人々。
 奇譚とも言える話だが、ムラカミハルキワールドを跳び越えて現実にそんなこともあるような気がしてくるから不思議だ。

(インタビュー後記 村井裕子)

※参考資料 「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」村上春樹著(文藝春秋)

HBC TOPRadio TOP▲UP