8月4日放送

 人と話をしていて、この人ともう一度会いたいと思わせる要素とはなんだろう。
 温かさ、優しさ、気遣いの細やかさ、前向きな姿勢、正直さ・・「人柄」などとも言われるその人の特性が大切なのは言うまでもないが、言葉による配慮も勿論信頼関係を作るために欠かせない大事な要因だ。いわゆる「私はあなたを受け入れていますよ、お友達になりたいです」という相手への「関心」を伝える魔法の言葉。
 その「信頼関係」を結ぶための言葉の配慮のひとつに「名前を呼ぶ」というものがある。なんだそんなこと・・というものが実はより良いコミュニケーションには欠かせない。
 「そうなんですよ、村井さん」「村井さんはそこのところどう思いますか?」
 初対面の場合、相手の名前を覚えて会話の中に織り交ぜることで、「私は尊重されている」という安心感を与え、短時間でもしっかりと信頼関係の橋が架かる。勿論、日常の仕事の場などでも「存在を承認する表現」として「ちゃんと名前を呼ぶ」は魔法のキーワード。「ちょっとそこのあなた」「アルバイトくん」「派遣さん」などは論外中の論外だ。

棚田清さん 今回の「ほっかいどう元気びと」は、道南の江差町にある「旅庭 群来(りょてい くき)」を経営する棚田清さん72歳。この棚田さんが、そんな魔法の言葉使いの名手だった。それは、いわゆるコミュニケーションスキルなどの意識としてではなく、あくまでもネイティブ。しかも、「村井さん、自分(zubun)はね・・」と朝ドラ「あまちゃん」の東北訛りも彷彿とさせるあったかい江差弁なのがまた人をほっこりさせる。私だけではなく、スタッフのひとりひとりの名前を覚えて呼んでくれる温かさで、スタジオはまたたくまに「棚田ワールド」。江差の香りが漂ってくるような楽しいひとときだった。

棚田清さん 2009年開業という「旅庭 群来」のキャッチフレーズは「食と環境にこだわった上質な癒しの宿」。いただいたパンフレットでは「北海道最古の港町・江差に 自家温泉のデザイナーズ温泉旅館誕生」という表現もされている。
 木造平屋造り全7客室がスイートルーム。1泊4万円はかなり値の張る宿だ。ただ、一口に「高級旅館」と言ってしまっては何だか大事なニュアンスが伝わらないような気がする。特に棚田さんと実際にお会いして熱い言葉に触れ、いっそうその思いが強くなった。
 その熱さは、お客様に心から満足してその価値を感じて貰いたいという情熱。そして、何より「江差への思い」。さらには、そこに暮らす「若い人達への思い」だ。人口が少なくなっていく道南の小さな町の若い人たちへ「田舎だからこそできること」をみせたい、まだまだ地方はチャレンジができるということをみせたいという気概が溢れていた。
 そのために、宿で提供する料理の食材には半径25キロルールを設け、地元のものにこだわって調理する。野菜や卵、サホークの羊などは、棚田さんも毎朝汗を流す直営農場産のものを提供。その畑へも観光の場として気軽に訪れて貰い、今の時代では「贅沢」となった地産地消を存分に味わってほしい。田舎というところはこんなに面白いのだということを体感してほしい。そんなふうに棚田さんは、道南の小さな町の心意気を語ってくれた。

 日々が楽しいのは、「自分は75歳まで」と期限を決めているからだと棚田さん。「その時点でぽっくり逝くと決めている」と冗談交じりで人生観を語る。
 「期限を決めることで、残りを意識して、一日一日がほんとうに大事な一日になる。そうすると一生懸命取り組めるし、精一杯やると楽しくなる」
 ワクワクするんだよという言葉を72歳の経営者の口から聞くのは、なんとも清々しい。

 「宝ものは何ですか?」という恒例の問いかけをしてみると、答えは「健康」。
 「脳みそが少ないのがCTで解った以外は健康」と笑わせて、食べ物の好き嫌いも全くない、丈夫に産んでくれた親に感謝と言う。
 「食べ物の以外の好き嫌いも無いですか?」とさらに伺うと、棚田さんは「人の好き嫌いも全くない。すぐにお友達になる」と答え、その理由を話してくれた。
 棚田さんは、小学生の時に精米所で事故に遭い左腕を失っている。棚田さん曰く、自分ではハンデキャップと思わずに何でも片腕でこなしてきた。スキーにもバイクにも挑戦し、車も不自由なく運転する。ただ、自分ではハンデとは思わなくても実際はハンデキャップ。電器店の経営から始めたが、アンテナ一つ立てるのも人にやって貰わなくてはならない。助けられることを身にしみて感じているので、いい人間関係なくしては何も始まらないというのが基本にある、と。
 「人の和、チームワーク」こそ、棚田さんが学び取った処世術。相手を気遣い、一瞬のうちに受け入れて尊重する「棚田式コミュニケーション」にはそういう見えない背景があったのだ。
 だけど、この左腕が無いおかげで今の自分があるのだとも言い切る。電器店を経て、町内の数々の企業の再建を成し遂げてきたその秘訣は、右腕一本の身体で不可能を可能にしてきたことと無縁ではないと言う。「どんなことも、どんな方法だったら出来るだろうと考えてきた」と。知恵を絞ることで多くの発想を生み出してきたのは、「あきらめないその先にワクワクの楽しさが待っているから」という棚田さんの人間力だ。

 少年の棚田さんにどれほどの不安や葛藤があっただろう。想像すると言葉が出ない。
 でも、人は、どんな壁が目の前にあっても、意志の力でそれを乗り越えることが出来るし、苦しみを噛みしめながらでも触れ合う人を楽しくさせたいと笑いかけることもできる。
 きっと、これまで棚田さんから元気を貰った人たちが、これから棚田さんをワクワクさせるのだろうな、とふと思った。
 「75歳までと期限を決めて精一杯取り組んだ」それ以降の、ご本人曰く「楽しい付録」の時間で。

(インタビュー後記 村井裕子)

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