5月26日放送

安井肇さん 今回の「ほっかいどう元気びと」は、海草学のエキスパートである北海道大学大学院 水産科学研究院 教授の安井肇さん。北海道食材「ガゴメコンブ」の秘められた力に早くから着目し、産官学の共同研究で多種多彩な商品化を推し進めて一躍全国区まで押し上げたという縁の下の力持ちである。
 一言で云うと「ガゴメコンブブームの立役者」なのだが、人というのはやはりお話をしてみることで沢山の思いに触れることが出来るもの。安井さんの場合も、その「ガゴメコンブの可能性を発信する」取り組みの根っこにある研究者としての哲学が浮き彫りになり、とても興味深かった。
 まさに、「ほっかいどう元気びと」の信条である「何に取り組んでいるのか」よりも「どんな思いで取り組んでいるのか」という、その人の心の奥にある根本の紐解き。

安井肇さん 京都出身の安井さんは、北海道生活が長くなってもそのまま残る「はんなりとした」関西弁で、海草のことを楽しそうに、沢山の寄り道をしながら説明してくれる。
 海草の中で昆布やワカメ以外にもまだまだ活用されていないものは沢山ある。そのひとつひとつを研究し、私たちの生活にプラスになるものを引き出して産業に結びつけるのが安井さんの仕事。ガゴメコンブも松前漬けやおぼろ昆布への利用はされながらも、漁師からは「マコンブの生育に邪魔だ」との声も上がり、世間的にも「役に立たないもの」として冷ややかに見られていたというが、ネバネバ成分フコイダンが多く含むという特性に早くから気がついていた安井さんは、何とか商品に出来ないかとその実力を長年にわたってアピールし続けて来たという。
 安井さんの説明の中に何度も繰り返されるキーワード。それは「人の幸せ」という言葉。海藻などの海の恵みの大切さを話しながら、「人の暮らしの豊かさや幸せ」の話もセットで語るのが興味深い。
 目指すのは、資源を取り尽くして枯らしてしまうようなこれまでの経済のやり方ではなく、うまく資源を生かし育てて行く社会。そうして、そういう数々ある資源を価値あるものとして創造し、活用できるような社会なのだ、と。まさに、これまで邪魔者としてひっそり海の中にいたガゴメコンブのような存在を生かせるような、共に生きる=共生の社会を作って行きたい。大学で受け持つ講座も今後「海洋共生学」としていきたいと。
 そこが、安井さんの根っこだ。「海草をどう生かすか」を通して実現する「幸せな社会」。
 安井さんは「共生」という言葉を何度も口にしながら、「競争」は日本人には合わないと思う、ひとりひとりの隠れた能力や価値も引き出し合って、共存し、豊かに生きていけたらいいよね、と話す。
 ガゴメコンブの経験を、科学・産業のみなならず、都市の活性化、そして人の幸せのために生かす。それが、「ガゴメコンブブーム」の立役者が一途に見据える未来。

 収録後の「あなたの宝もの」の聞き取りをしながら、スタッフも交えていろいろな話をしていた時のこと。安井さんの頭の中でピカッと電球が光ったような瞬間があった。
 役に立たないとされていた「ガゴメコンブ」に、いつ頃から世間が興味を持ち始めたのかを伺っていた時のこと。それはいつだったか・・と記憶を辿り、「確か1998年頃・・『未利用の海草の活用』などと題された講演に呼び出されることが多くなったんです」と言う。「ちょうど、イタリアでひじきの仲間を研究していて、帰って来た途端。前はそっぽを向いていた人達が熱心に話を聞いてくれるようになって、それはなぜだったんだろうと未だに不思議なんです」と。
 「イタリアでひじき」・・そのキーワードがなんとも安井さんらしい感じで場の雰囲気が和む。いやいや、注目は今はそこじゃなくて、問題はその時だ。1998年?まさに時代の潮目ではないか。その前年に拓銀の経営破綻、山一証券の廃業といった未曾有の金融危機が起こった日本経済大ショックの時。そういう潮目と「未利用だった食材」の活用には繋がりがありそうですねと興味を口にすると、安井さん、目をキラリと輝かせて早口の関西弁でこう話された。
 「そう言われてみるとそうだったのか。今日、ここに来て、話してみてよかった。遠くから来た甲斐があった」と。「ガゴメコンブ」がなぜ急にもてはやされるようになったのか、ご自身の中で謎だったのだそうだ。

 1998年。私自身会社を辞めてフリーになった翌年だけに、その時の世の中の空気は今でもはっきり覚えている。日本経済がこれまで経験したことのないような厳しい状況下で企業も大変革を迫られ、商品開発などの転換を求められる。そして一個人は「自分の身は自分で守らなくては」と切実に思わされたあの時。
 食材の健康成分が次々に取り沙汰されるようになったのも、アンチエイジングや美肌への関心が高まったのもちょうどその頃からだ。女性が個としてしなやかに力を発揮し始めたこととも無縁ではないのかもしれない。「寄らば大樹の陰」の崩壊と前時代的なものの自信喪失と引き替えのように。
 私の単なる仮説に過ぎないが、「右肩上がり」の幻想が鉈でバッサリ断ち切られるようなそんな大転換期に「これまで陽の当たらなかったもの」がクローズアップされるという現象は必然だったのではないだろうか。
 どん底が見えると人はものを考え知恵を絞る。足元を見つめ本来の生き方を思い出そうとする。経済のもの差しのみで「失われた○年」などという表現をするが、逆にそこを乗り越えることで潜在力も引き出され、精神性が深まってきたことも確かにあるのではと思う。
 「すでにそこにあって、まだ見えていないものから価値を創造する心」
 安井さんが海の奥底を見つめながら大切にしている思いを、今、他のあらゆるものにも当てはめてみたい。

(インタビュー後記 村井裕子)

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