4月28日放送

 誰かの言葉に深く心が震えるのは幸せなことだ。
 思いはあるけど言葉にならない状態のものをすっきりと「言語化」してくれる表現に出会うのは、自分の生き方が風船のように膨らんでいく予感の嬉しさがある。
 この春、「致知」という月刊誌で出会った言葉がまさにそうだった。
 TOTOや日本ガイシ、ノリタケなどの母胎となった森村グループを創業した天保十年(1839)生まれの森村市左衛門氏の言葉。
 「労働は神聖なもので、決して無駄になったり骨折り損になどならない。正直な労働は枯れも腐りもせず、ちゃんと天が預かってくれる。どしどし働いて、できるだけ多く天に預けておく者ほど大きな収穫が得られる」
 生きる基準が「損得」なのではなく「尊徳」なのだ、天に徳を積むべく渾身満力の生き方を心掛けたいと、そのコラムを綴る編集長がそんな表現で締めていた。(「致知」4月号)

 「天に貯金する」。そんな考え方が自分のお腹の深いところまで落ちて生きていけたら、どんなに素晴らしいことだろう。仕事や人との関わり、すべてのことも。
 例えば、誰に頼まれたわけではないこのインタビュー後記。人にとってはほんの些細なこと。だが、大変でも面倒でも書くと決めたのだから必ず続ける、気を抜かずに思いを込めて真摯に書く・・などという自分との約束。それは、やがて結実し、ちゃんと自分に返ってくる。確実に血肉になって筋肉になって自分の体幹を支える。「どれだけ読まれているかも分からないのに、そんなにしっかり書かなくても・・」などとご丁寧に忠告してくれる人がいたら、いつか、こう言えるようにしておこう。「天が読んでくれているので」と。
 「やっていることを天に預ける」ために大切なのは、地道な仕事を素直に明るくやり続けることだ。

高瀬清志さん この私の「気づき」を深くさせてくれたのが、今回の「ほっかいどう元気びと」、札幌は南区の芸術の森にある「芸森スタジオ」を管理・運営する高瀬清志さん。
 若い頃はミュージシャンを目指し、その後、才能を発掘する側に回って中島みゆきや安全地帯を中央に送り出す役割に奔走。そうこうするうちに北海道のFM局の立ち上げに力を請われ、音楽を発信することにこだわってFMラジオ局を育て上げ、さらには休眠状態だった芸森スタジオを再生させる使命が巡ってきて、音楽が生まれる瞬間のその環境づくりに現在は尽力されている。知る人ぞ知る北海道の音楽文化を長年下支えしてきた人だ。

高瀬清志さん 「芸森スタジオ」の管理人の高瀬さんの日々は、冬は駐車場の雪かきを来る日も来る日もこなし、スタジオを掃除し、やってくるミュージシャンを空港まで迎えに行く。彼らが創作で煮詰まりそうな時には近くの温泉を手配したり、深呼吸できる自然の中を案内したり。もうひとりのスタッフが料理を作る時には、サブとして野菜を洗ったりまな板をきれいにしたりというサポートもする。
 前の持ち主が手離したことで休眠状態になったスタジオ。「北海道の文化として残そう」との気概を持つ人たちで守られたわけだが、管理を引き受けた高瀬さんは、廃墟寸前の建物の掃除からひとつひとつ始めていったそうだ。スタジオはもちろん、トイレの掃除まで。
 高瀬さんは、淡々と、むしろ楽しそうに話す。
 「トイレはね、モップじゃダメなんだ。雑巾でちゃんと手できれいにしなくちゃね」
 建物の隅々まで自分の手で掃除したことで、どこがどうなっているのかが自分でよくわかっていろいろ学べたのだと言う。
 高度経済成長真っ只中を生き、バブル時代も経験し、達成感も挫折も季節のように繰り返し、今60の坂を静かだが柔らかな光を発しながら登っている高瀬さん。「天と自分の意識とを結ぶ」ために出来るたくさんの具体的なヒントが優しい口調からこぼれ落ちる。良質な本から素敵な表現を見つけた時のような心地いい空気感が伝わってくる。

 そんな高瀬さんの「宝もの」は?
 ゆっくり考えて出した「札幌」という言葉に、私は、なるほど・・と深く相槌。
 高瀬さんは言う。
 「オレにとってそれは土のようなもの。育ててもらった、人と出会った、仕事を教えてもらった。すべてが自分のバックグラウンド」と。
 野菜も風土や土で育ち方が違うように、この自分は、そしてこの心も札幌が育ててくれたと、まるで歌の歌詞のように粒立てられた言葉が溢れてきた。

 自分を育ててくれた「土」に感謝をし、その「土地」にお返しをするように働く。
 雪かき、掃除、草取り、人のサポート。その先に見えているのは、その地の文化の灯を守るという大きな気概。
 お礼を言われようが言われまいが、損得という「ものさし」の見返りが小さかろうが、まさに「地道」にどしどし働くことで天も正直にその分を返してくれる。
 「天が預かってくれる労働」とは「地」とセットなのだと、ストンと私の中で何かが落ちた。
 置かれた土に根を深く張るために、這いつくばって一心に目の前のことをする。そういう仕事ほど天に近いのではないか。

 働きは地に、心は天に。
 心の中の見えない風船が、手を広げても足りない位大きく膨らんでいく。

(インタビュー後記 村井裕子)

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