7月22日放送

 おなじみの論語の一節。
 子曰く、吾十有五にして学に志す。
 三十にして立つ。
 四十にして惑わず。
 五十にして天命を知る。

 孔子は云っている。
 「私は十五歳で学問に志し、
 三十歳で、その学問に対する自分なりの基礎を確立し、
 四十歳で物事に惑うことがなくなった。
 五十歳で天命(天から与えられた使命)を悟った」と。

 自分はどうだろうと、その年齢の我が身に当てはめて、来し方行く末を見つめたという方も多いだろう。

佐藤弘康さん 今回の「元気びと」、別海町で酪農ヘルパーをしながら写真家としても活動を続けてきた佐藤弘康さんと話終えて、私は、ふとこの孔子の言葉が胸に落ちてきた。
 佐藤さんはちょうど40歳。
 北海道とは縁もゆかりもなかったが、写真関連の会社を辞めて別海町を旅したことが縁で別海の住人になり、酪農ヘルパーで生計を立てながら、カメラマンとしての腕を磨いてきた。酪農を体験することで撮れる酪農家の暮らし。牛を飼い、子供を育てる逞しい「おかあちゃん」の写真などで写真コンテストに応募し入選したり、自費出版で写真集を出したりするなかで、自分の立ち位置を探して10年を数えるという。

佐藤弘康さん ひとつひとつの質問にゆっくりと考え、話している途中で「言葉で表すのは難しいな」と、伝えたい思いと言葉とがしっくり行かないもどかしさで何度も頭を掻いていた佐藤さん。収録を終え、コメントで紹介する「あなたの宝ものは何ですか?」の質問をしていた時に、ラジオで話すという緊張から開放された安堵感からか、人柄がにじみ出るような言葉がいくつかこぼれ出てきた。
 10年前に別海町に飛び込み、そこに居続けるようになった佐藤さんの「宝もの」は、「人との出逢い」だそうだが、会社を辞めて知らない町でカメラマンを志し、それを続けて来られたのはどんな原動力なのかを伺うと、佐藤さんの思いがすんなりと言葉になった。
 何かに取り組んでいると、「今のままじゃいけない」という時期が必ず来て、その時に、どうしたらいいかを考え、行動して次へ繋げていく。自分は、節目節目で、その流れがやってくる。その繰り返しで進んできました、と。
 そして、ちょうど今も、まさにその「今のままじゃいけない」という節目だと。
 10年が経って、これまで行ってきた写真展をどうしたらさらにいいものにしていけるか、過去の写真集を紐解いて勉強したり、写真家に会いに行って話を聞いたりして、出会いを自分から求めながら次へのきっかけ探しの真っ最中なのです、と話してくれた。
 その時々で、竹の節目のような切り替え点を幾つも経験し、「現状に満足せずに上を目指したい」という湧きあがる思いに引っ張られてきたという佐藤さん。
 そして、今も、高いところを目指すための、その節目の不安定なところに立っているのだという。

 「四十にして惑わず」
 その境地に達するためには、皆、もがくのだ。
 何かを成し遂げようとし、その途上にいる人は、もがいてもがいて前に進んでいく。
 「四十にして惑わず」という言葉が胸の中で指標になるのは、その年齢が実は迷いだらけ、惑いだらけ。ぶれまくる自分への座標軸になるからなのかもしれないと、通り過ぎた年齢を思い起こして、私自身もそう思う。

 「惑わず」の境地にはまだまだ私自身もほど遠く、すでに「五十にして天命を知る」の年齢を幾つか超えてしまったが、自分の生きる役割を知ろうとする真摯な意欲を持ち続けていれば、自ずと「天から与えられた使命」は確信できるだろうと思っている。

 意外と知られていないが、この孔子の言葉には続きがある。
 六十にして耳従う。
 七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず。

 「六十歳で、何を聞いても動じなくなった。
 七十歳になってからは、心のおもむくままに行動しても道理に違うことがなくなった」

 なんとまあ、歳を重ねるということが嬉しく、心強くなるような孔子の言葉だろう。
 ただし、やるべきことをやっていれば、の話だが。

(インタビュー後記 村井裕子)

HBC TOPRadio TOP▲UP