3月18日放送

 人の英知や不屈の力は凄いものだと、何かを成し遂げた人、成し遂げる途上にある人のエネルギーに触れるたびに、心の真ん中に透き通った風が通り抜けるような感覚を覚える。

浅香正博さん 今回のゲスト、北海道大学大学院特任教授の浅香正博さんは、胃がん撲滅のためのピロリ菌の研究を続け、ピロリ菌除菌が胃がん対策に有効であることを初めて臨床的に証明し、除菌と内視鏡検査を組み合わせた新たな検診方法を考案された方。将来の胃がん死を無くす取り組みが近年になって医学界で認められ、国内外で注目されている研究者である。
 今でこそ、「ピロリ菌」という名はよく聞かれるようになっているが、浅香さんがこのピロリ菌の存在を初めて知ったのは1987年、アメリカで行われた消化器学会でのこと。
 「胃には細菌がいて、日本人にも保菌している人がたくさんいるから研究してみたらいい」と言われて、30代半ばから胃とピロリ菌との因果関係の研究を続けたそうである。
 この時代、胃がんや胃潰瘍はストレスが原因と考えられており、医学の世界では「細菌の時代は終わった」という「常識」も相まって、当初はほとんど賛同者が無かった浅香さんは孤立無援の闘いだったそうである。
 2005年にピロリ菌の発見と培養により、ノーベル生理学・医学賞を受賞したウオーレン博士とマーシャル博士からして、発見当初はさんざんな扱い。培養で研究成果を出したマーシャル博士などは、研究を証明しようと力を尽くすも失敗が続き、周りからは「詐欺師」呼ばわりまでされたとか。その菌が本当に胃炎や胃潰瘍を発症させることを証明するために、自ら培養したピロリ菌を飲んで、自分の体を実験材料にまでして研究成果を世の中に知らしめたのだそうだ。

浅香正博さん マーシャル博士と親交を続け、なんとかその菌を除菌することで胃がんを含む胃の病気を減らせないかと臨床的な実験を続けてきた浅香さんも、かなりの「変人」呼ばわりをされながらの日々だったそうだ。

 「人と同じこと」ではない、自分独自の何かを追究し続けるということはなんと茨の道なのか。「人と違うこと」を突き止めようとする人に対し、人はなんと冷たいところがあるのか。孤立無援の心境を想像すると、そこを突破しようとする精神力はいかほどのものなのか、胸がいっぱいになってしまう。だけど、その渦中の本人にとっては、自分にとっての「真理」を信じているということが前に進むエネルギー。浅香さんのひょうひょうとした語りぶりを聞いていても、やるべきことがわかっているからこそ、「その1本の道を歩むだけ」というはっきりとした道筋が見えていたのだろうということが伝わってきた。

 東日本大震災から1年が経ち、どうしても、思考はそこへ戻らざるをえない、絶えず戻らなくてはいけない心境になっている。
 何か、これまで皆がひとつの空気の中で「常識だ」と思っていたこと。「ほんとうにそれは、今の我々にとって常識なのか?」と問いかけ直すところからひとつひとつやっていかなくてはならないのではないか。
 「常識」を辞書で引くと、「一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力。良識。社会通念。一般知識。コモンセンス」などとある。
 それは時として世の中を引っ張っていくときの大きな力になるが、世界が変わってしまった今、ひとつの「かたまり」ですべてを捉えるのではなく、一回すべてをほぐしていって、「一般」のひとりひとりがひとつひとつをどう捉えるのかというところから組み直していかなくてはならないのではないか。その「常識」はほんとうに「良識」か?その根っこからの組み直しを。

 ピロリ菌研究で大多数から揶揄され、孤立無援になりながら研究をすすめたマーシャル博士や浅香さんのように、ほんとうの「良識」を追究し続ける真摯な取り組みの人たちが、大多数の「なんとなくの常識」によって圧力をかけられるようなことがあってはならないのだ。物事を捉える力が試される思想の大転換期を迎えている今だからこそ、なおさら。

 ほんとうの「常識」は、「国」が主体になるのではなく、いつどんな時でも「人」が主体であるはず。「国が立ちゆかなくなる」という経済至上主義から見た常識よりも、「人の命を守っていく」という良識を私は信じたいと、震災後1年が経ってもなぜかその大切さが遠ざけられている旧態依然の「社会通念」というお化けに、焦りすら感じているこの頃である。

 そこに気づいて進めば、日本には沢山の英知も不屈の精神力も技術力も、誇れるほどたくさんあるのに。

(インタビュー後記 村井裕子)

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