9月25日放送

 芥川龍之介の小説に「トロッコ」というのがある。
 登場人物は8歳の少年良平。小田原・熱海間に軽便鉄道敷設の工事が始まり、彼は工事現場で使う土砂運搬用のトロッコに非常に興味を持っていた。
 ある日、優しそうな若い土工に一緒に押してもいいと言われ、蜜柑畑をどんどん進んで行く。最初は有頂天の良平だったが、遅くなったから帰りなさいと夕暮れの山道でひとりにされ、暗い坂道を「命さえ助かれば」と思いながら駆け抜けた。家に辿り着いた途端、今までの心細さを振り返って泣き出してしまう。
 大人になって東京で働いている良平は、全然何の理由もないのに、その時の薄暗い藪や坂のある路を思い出すことがある・・と回想する。

奥田善弘さん 私は、正直この小説を読んだ時に、どこにどう共感していいのかが自分の中で定まらず、「あまりよくわからない」小説のひとつだった。
 今回のインタビューで、いわゆる作業や運搬などに使うトロッコを観光用の乗り物にして人気を集めているという「狩勝高原エコトロッコ鉄道」の駅長 奥田善弘さんのお話を聞いて、何となくその「良平」の有頂天が想像できるような気がした。

 乗り物好きの子どもにとって、あの「トロッコ」という乗り物は憧憬の的なのだ。
 なぜなら、普段は絶対乗ることができないから。大人になっても乗れるわけではない、そこで働く何らかのプロの人たちだけが乗ることを許された乗り物だから。そして、それは、鉄道をこよなく愛する大人たちにとっても同じなのだろう。いわゆる「鉄男さん」「鉄ちゃん」と呼ばれる鉄道ファンにとっても、こよなく「乗ってみたい」乗り物だったのだ。
 奥田さんとその仲間たちは、狩勝高原でその足こぎトロッコを観光用に整備し、4年経った今、十勝の観光の目玉と言われるほどになった。
 「子供たちがほんとうに嬉しそうに乗っているんですよ」と話す奥田さんは、その子たちの乗り物への「有頂天」が心から分かる駅長さんなのだろう。

 奈良で100年続いた表具店のご主人奥田さんは、58歳で店を畳んで北海道は鹿追に移住。旧狩勝線が好きで、新得に近い所をと選んだのがその場所だった。そう、正真正銘の「鉄ちゃん」である。
 「狩勝高原エコトロッコ鉄道」の駅長になったのは全くの計画外。北海道に移住後、のんびりと過ごそうと家の周囲を自転車で散策していたところ、類は友を呼ぶのは本当か、流れのままに鉄道好きの人たちに引き寄せられ、あれよあれよという間に「そうなっていた」そう。
 人は、ゴールである「駅」をまず想定して、そこへ行くために経路を練りに練り、ゴトンゴトンと汽車を走らせるタイプもあれば、まずは心惹かれる汽車に乗ってみて、どこへ行くのか楽しもうじゃないか、というタイプもいる。思い立っての途中下車あり、乗り換えありが何よりの醍醐味、と。
 奥田さんは、後者なのだろう。
 気負わず、柔軟に、その汽車その汽車に乗り合わせた人たちと楽しむという人生の折り返しの旅を、北海道で満喫している。

 人生の旅の同乗者である奥様は・・といえば、最初は奈良を離れる奥田さんの決断に猛反対だったそうだが、その後無事に、ふたりして北海道の住民になったそう。
 聞けば、奥様は助産師という経験を活かして、移住先でベビーマッサージとわらべうたを組み合わせたオリジナルの教室を開き、ご自分の役割を発揮しているとか。これまたフロンティア精神の人なのだ。

 人は「自分は何が好き」で、「どう生きたいか」がはっきりしてさえすれば、どこへ行っても、どこに住もうとも自分を生きられるのだと感じさせてもらった。

 何より大事なのは、「汽車」に乗っている、今、この時。
 そして、そこで出逢う人たちとのご縁。

(インタビュー後記 村井裕子)

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