9月18日放送

佐々木十美さん 「置戸町の給食はすごいらしい」そんな噂をかなり前に耳にして、ずっと気になっていた。
 なにせ、私の小学校時代の給食の思い出は切ないものばかり。昭和40年代で卵もバナナもふんだんに食べられた時代だから食べ物に文句を言うなどバチがあたるが、「食育」という点から考えると、今でも首をかしげることが少なくない。何といっても、あの「犬食い」をさせてしまう先割れスプーンからしてなぜ子供の食事に当時導入されたのか、未だに意味がわからない。
 出身地は本州の米どころなのだから、普通にご飯と味噌汁をお箸で食べてもいいようなものだが、主食はコッペパンか食パン。北海道では牛乳が早くから出たようだが、本州の私たちには、生ぬるくなった塩味の脱脂粉乳に当時相当悩まされた思い出がある。そして、常時パンなのにおかずはラーメンだったり、コッペパンの間になぜか納豆がサンドしてあったり、残念ながら味の組み合わせのセンスというものが全くちぐはぐであった。
 食の記憶というのは鮮明に残るもので、シチューや豚汁に入っていたごろんとした脂身の塊に時々残っていた紫色のハンコの鮮やかな色が、涙目で飲み込んだ切ない記憶にくっきりと色を着けている。

 だから、町の特産品の木の器オケクラフトを食器として採用し、まるで家で食べるような手作りごはんが置戸町では給食で食べられると聞いて、誰がそんなセンスのいいことをしているのだろう!と驚いたのだ。

佐々木十美さん その、日本一との誉れ高い置戸町の給食を引っ張ってきたのが、管理栄養士の佐々木十美さん。誰が呼んだか「給食の鬼」。
 「食は命を預かる大事なものだから、鬼にもなります」との熱い思いで、置戸町の子供の食に心血を注いできた。今は、家庭の食に外の味が入ってきて、出来合いの味で味覚を覚える子供も珍しくない時代、せめて、1日に一食の給食で手作りのほんものの味を味わわせてあげたいというおふくろの愛。そこから、食は大事なんだということを感じとっていってほしいという切なる願いが感じられた。
 昔はまずは栄養摂取の為だった学校給食、味や取り合わせは二の次といった状況であっても、基本となる家庭の食が質素ながらもどの家もしっかりしていたおかげで、味覚は大事に育まれたとのありがたい環境があったが、今は、逆もまたありえる、そんな時代なのだ。
 だからこそ「手間をかけた食事」を家庭に強要するのではなく、そういうほんものの味を覚える機会を周りの大人が増やしてあげたいという佐々木さんの思いは、共感を呼んで確実に引き継がれているのだろう。

 佐々木さんがしてきた給食改革の第一歩として、まずは調味料の見直しから始めたそうだ。添加物を含まないほんものの味。味噌、塩、醤油に、みりん、日本酒という基本的なものを吟味して選び、または自分たちで手作りし、よけいな雑味を加えない本来の味を求めていったという。そして、味をプラスするのではなく、どんどん引き算していく。そぎおとしていくことで、いい素材の味はくっきりと引き立つ。こだわりの調味料は値も張るが、その分、いいものは少量使うだけで味が決まるので、予算内でもやっていけるのだそうだ。
 汁ものの中で子供たちの人気N01は「味噌汁」という。え?そんな当たり前なもの?と思うが、この味噌汁が聞くだけで美味しそう。いりこと鰺の煮干しと厚削りの鰹節に、栽培しているしいたけを粉末にしたもので出汁をとり、手作り3年味噌と市販のこだわり味噌をブレンドしたもので作る。
 「これに大根とおあげなんか入れたらもう最高!」との佐々木さんの説明を聞いて、私もその晩、自宅の味噌汁をいただきながら、置戸の味噌汁に思いを馳せたものだ。

 「たいせつなこと」っていろいろあるが、その人を作っていく「食」こそ、「たいせつのなかのたいせつ」だ。
 そして、余計なものをそぎ落としていったほんものの味覚を身体に染みこませることが、どれほど子供の身体と心を作るのに大事なことか。
 そんな食生活を続けていくと、身体ばかりではなく、いざというときに、ここぞという力が発揮できると思う。
 心の真ん中にある気の袋…のようなものが、たっぷりと膨らむような気がするのだ。

(インタビュー後記 村井裕子)

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