6月5日放送

佐々木典夫さん ミュージカルが好きだ。
 幕が上がった瞬間から、すでに胸は震え、涙が出る。
 役者の才能から溢れ出すエネルギーに打たれ、作品の持つ力、音楽の持つ力によって、瞬く間に別世界へ連れて行かれる。
 見終わって劇場を出ると、歩き方が変わっている。風を切っているのだ。
 「ライオンキング」の後は、完全に“ナラ”になっていた(気持ちだけ)。
 おそらく、私の頭の上にも凛とした雌ライオンのパペットがのっている(見えないけど)。
 でも、その後で、ちょっぴり思ってしまう。
 「あ~、私にもあんな歌の才能があったらな~」と。
 劇団四季の会長佐々木典夫さんに、そこがちょっと残念なんですとお話ししたら、こんな言葉をくださった。
 「あなたには別の才能があるじゃないですか」
 ダンディーな笑顔で、柔和な口調で。
 「無いものねだりはだめですよ」

佐々木典夫さん 佐々木典夫さんは、学生運動華やかなりし頃に演劇と出会い、これを送る側になりたいと、卒業後すぐに劇団四季に入社した。自分には役者という特殊な才能はないけれど、それを提供する側にはなれる、と。
 それからは劇団四季一筋に、代表の浅利慶太さんを支え、劇団四季をここまでに作り上げてきた。勿論、札幌の専用劇場作りにも奔走し続けた、縁の下の力持ち的存在である。
 一生の仕事に劇団四季を選んだのは、時代によって色褪せない「普遍的なメッセージ」を送ることを一貫させているという理念と、「人生は生きるに値する」というモットーに共感したからという。
 「ライオンキング」にしても「キャッツ」にしても、見終わった後、前に進む元気を貰えるのは、劇団のその軸がぶれていないからなのだと、改めて思う。
 「元気を貰える」というより、「自分の中にある前に進む力」に気づかせて貰うといった方が適切かもしれない。
 そう、ひとりひとりの中には、すでに力があるのだ。
 だから、「人生は生きるに値する」

 2011年3月。札幌の大通東1丁目という、これまで少し地味だった場所に北海道四季劇場はオープンした。
 思えば、キャッツシアターの特設テントが札幌駅構内に出来、11ヶ月のロングランで40万人が観劇したのが91年。その後、93年には初の専用劇場であるJRシアターが開設され、20作品に123万人が訪れるも、99年に札幌駅の再開発でやむなく閉館。
 その後も紆余曲折を経ながら、佐々木さんたちは「北海道に専用劇場を」との思いを持ち続けてきたという。東京への文化の一極集中を演劇で変えていこうという強い思いだったそうだ。

 専用の劇場があるという意味。私は、生の演劇の楽しめる劇場は「磁場(じば)」のようなものだと思っている。
 舞台の上の役者の努力の積み重ねによって醸し出されるエネルギー、作品のメッセージからほとばしるエネルギー、音楽からの心地よい波動、そして、演出家が一心に込めた想い、裏方さん達の熱い心・・・そういうものを客席の私たちは、シャワーのように浴びる。そうして、客席からも「気」が出ている。幸せで前向きな、いい「気」。
 劇場は、そんなとてつもない「気」が溢れているパワースポットだ。
 それが、いつも、札幌のあの場所にあるのだ。
 いつでも、自分の中の力強いものが引き出される、強いエネルギーの場があるということ。それはとても幸せなことなのだと思う。

 また、風を切って歩く自分を見つけるために、劇場へ向かおう。
 北海道出身の役者から、びっくりするほどうまい子役から、刺激を貰おう。
 「生きることはすばらしいのだ」との思いを確認しに行こう。
 たとえ、歌は上手に歌えなくても・・・私は、私。

(インタビュー後記 村井裕子)

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