半﨑美子のハンザキラジオ

半﨑美子のハンザキラジオ

2024年6月9日(日)放送レポート

コチラの町からアチラの町へ。先日はお母様のふるさと、利尻島で「離島振興協議会」に参加した半﨑さん。 「光栄なことにステージで田村町長にご紹介いただき、歌わせていただきました。「ふるさと利尻島」はもちろん、「地球へ」もお届けしました。実は島というと、利尻富士町の観光大使だけではなくて、隠岐の知夫里島の観光大使もしておりまして知夫は何度も訪れてるんですけれども。北から南までその島の特産品、食、雄大な自然、伝統文化、それぞれのオリジナルの魅力があって、それが色濃く出てるのが島だと思うんです。日本には有人の離島の数がなんと256あるそうです。まずは私はやっぱり北海道の離島、まだ行ったことがない礼文島・天売島・焼尻島・奥尻島ぜひ行ってみたいなと思っておりました。今回「ふるさと利尻島」がフェリーで流れていたり、町の防災無線で流れているのを耳にしてくれた島の方たちがいろいろな表現方法でこの歌に親しんでいただいているということを実感させてもらった、そんな旅でもあったんです。翌日は利尻小・鬼脇中学校へ行ってきました。小中学生そして園児たち、保護者の皆様方も集まってくれて、トーク&ライブという形で夢の話をしたり、実際に皆さんにふるさと利尻島を歌ってもらったり。島の子供たちはいつも開かれていて、隔てがないんです。素晴らしい。それが歌声にも表れてました。帰り空港に向かう前に、久しぶりにオタトマリ沼に少しだけ行くことができたんですけれども、シンボルでもある利尻富士が少し雪を残しながらどっしりと青空に背を伸ばしていて、かもめたちが歌いながら行き交う。かもめの楽園になっていて、それは美しい絵画を見ているようなそんな心地でした。まさにこの歌の光景そのもの、ふるさと利尻島。自分でもよくできた歌詞だな、ってその光景を見ながら自画自賛させていただきました笑」

★ラジオネーム:川口の古さん
「半﨑さんが英語を勉強するというのでアメリカデビューに向けてかなと思っていたら、まさか国連だったとはさすがにびっくりしました。でも今までも数々の不可能を可能にしてきた半﨑さんなら絶対にできると思います。私は大学で東京に出てきてからずっと東京で働いていて、2年前に定年し再雇用で元の職場で働いています。半崎さんのチャレンジ精神や地元北海道愛を見ていて、私も生まれ育った故郷に恩返しをしたい。何か新しいことをしたいと思っていました。そう思っていると不思議なもので、ネットを見ていたら実家の町内会の企業でアルバイト募集を発見しました。年齢的に無理だと思いながら履歴書を送ったところ採用が決まりそうです。本当はフルタイムで勤務したかったのですが、早朝の数時間のみしかないとのこと、幸いにも今の職場はフレックスタイムでリモートワークが基本なので、実家に戻って頑張ろうかと思っています。半﨑さんより早く夢が叶いそうです。半﨑さんも夢が叶うよう応援しています」

半﨑さん「メールの中にある“そう思っていると不思議なもので”と書いてありますけど、本当によくありますよねこういうことって。恩返しをした新しいことをしたい、そう思っているだけで、無意識的に多分アンテナが作動してるんですよねきっと。何か繋がりそうなものを自然とキャッチできるようになる。見事にキャッチしましたね!」

★ラジオネーム:ゆきえさん
「いつも母と楽しくラジオ聞いています。今日は嬉しい報告があり半﨑さんへメッセージしています。今日お仕事の初日が無事終わりました。病気になってから7年半、もう仕事には復帰できないかもと思っていましたが、無事に今日を迎えることができ、本当に嬉しい気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。病気になってからなかなか思うように仕事は復帰できず、リハビリをしながら職業訓練なども転々としてきました。最初は1ヶ月だけ休もう、そう思い、休職願いを泣く泣く書きましたが、復帰するのにこんなに時間がかかるとは思ってもいませんでした。でもたくさんの方の支えや支援があり、ここまで来ることができました。本当に感謝でいっぱいです。そして、どんな状態の私でも見捨てることなく、いつでもそばにいてくれた家族には感謝しても仕切れません。病気で苦しいとき、誕生日を迎えた朝に母から“生きてくれているだけで親孝行だからね”とメールをいただきました。今でも大事に保存しています。これからも感謝の気持ちを忘れず、生きて、生きてたくさん親孝行したいと思います」

半﨑さん「お母様の言葉“生きてくれているだけで親孝行だからね”という、こんなぬくもりのある言葉をメールで誕生日の朝に。今番組を聞いてくださっているリスナーの皆さんにもきっと背中をさすってもらっているような、そんな優しさで届いているんじゃないかなとそう思います。いつも感謝の気持ちを持ち続けて言葉にしているゆきえさん、素晴らしい。私もそんなふうに、不足よりも充足を口にしていきたい、そう思っています」

半﨑先生が学校に来る!?!
「今年4月から小学5年生の音楽の教科書に「地球へ」が掲載されて、一緒に歌ったり、この歌のメッセージをぜひ子供たちに伝えてほしいというご依頼をいろいろな学校からいただくようになって、改めて教科書掲載記念特別授業と銘打って6月から小学校巡ることになり、先日東京の北区の滝野川もみじ小学校で、その特別授業を行ってきました。一緒に歌ったり、この他のメッセージについて語り合うような時間。考えるというよりも感じるということをテーマに行ったこの授業、やっぱり子供たちは自然の中で生きているから、私達大人よりもずっと、生き物としての地球をよく見てるんです。そういう才能を持った子供たちだからこその感性で、この歌を感じて歌ってもらえるっていうことが、すごく意味深いなとあの日実感しました」と話しました。

<コンサート情報>
*7/4(木)ハンザキスト倶楽部限定〜5周年記念ライブツアー〜@札幌ルーテルホール
*11/28(木)読売新聞創刊150周年記念 半﨑美子 コンサートツアー
〜「人生案内」と私 〜@札幌市教育文化会館

2024年6月2日(日)放送レポート

ゆうべつチューリップフェアの前の週、北嶺中・高等学校へ歌を届けてきたという半﨑さん。
「特別授業として、書かせていただいた青雲寮の寮歌「道なき未知へ」を全校合唱で一緒に歌ったり、本当は一緒に卒業するはずだった青木くんへみんなで思いを馳せたり。この日は青木くんのご両親も道外から参加して、最後に「サクラ~卒業できなかった君へ~」をお届けしました。札幌市清田区の北嶺中・高等学校。集中的に実践的に学べる環境が整っていて、道内はもちろん道外からも多くの方たちが集って学びを深めているんですけれど。かといって勉強だけに照準を合わせるのではなくて、文武両道を掲げて柔道・ラグビーも全員で取り組んでいてとても盛んなんです。学問って問題を解いたり考える力だとするならば、スポーツとか音楽っていうのは体感とか感じる力が大事になってきます。試合なんかでも相手の気を感じるとか直感力みたいなものとか気配とか、そういう力っていうのがまた勉学にも繋がっていく、通ずると思うんです。だから勉強だけっていうところではなくて音楽に触れること歌うことも感性に直結しますし、それを実践されているのがすごく大切なことだなと改めて感じていて。北嶺の皆さんはそれを心得ているんだなと、一緒に歌を歌ったり、歌声を聞かせてもらって感じました。北嶺生はある意味、勉学におけるアスリートだなと感じていて、“目指すなら高い峰”という北嶺の合言葉があるんですけれども、そこからインスピレーションを得て、寮歌を書かせていただきました。山は登れば登るほど空気も薄いし、風も強く吹く。それでも自らその高い山を選んで果敢に挑む。そんな皆さんの姿を「道なき未知へ」に込めました。富士山よりもエベレストの方が当然険しいですし過酷です。でも挑戦した人にしか見られない景色があって、そしてその景色っていうのは、自分だけではなくて、ご両親や仲間、先生たちの支えがあって見られる景色でもある。ご家族も先生方もきっと過酷な山に挑み続けてきた人たちだと思うんです。北嶺を旅立ってからさらに世界で高い峰を目指し続ける皆さんにとっても、この歌が伴走者になれたらという願いを込めて書きました。
教科書に自分の歌が掲載される、という私の夢が叶ったこと、4月から小学5年生音楽の教科書に「地球へ」という曲が掲載になったこと、自分よりも自分の歌が長生きしてほしいという願い、歌い繋いでほしいという願い。これまでテレビやラジオ、新聞の取材でも幾度となく教科書の夢を語ってきた私は、口にする言葉にするって本当に大切なことなんだなと改めて感じましたし、これからもどんどん口にしていこうって思っている、っていうような話もしていたんです。実は北嶺の卒業生の中で私の同級生だった方がいて、なんとその方が今ニューヨークの国連でお仕事をされていると校長先生に教えていただき、ご縁が繋がりました。私のことも覚えていてくれて。それでニューヨークから北嶺の生徒さんたちにリモートで特別授業を行ったりとか、実際に生徒さんたちがニューヨーク 国連へ研修で訪ねたという話も聞きました。そうやってご縁を深めていくうちに私は新たな夢に出会いまして、この度教科書に掲載された「地球へ」をいつか国連で歌いたいという、またその大きすぎる夢を掲げました。誰もが無理だというような夢も、それこそ北嶺を卒業した先輩たちもたくさん叶えていると思いますし、本当は一緒に卒業するはずだった青木くんにも夢があった。懸命にこの学校で学びに励んでいた。今私達はその続きである今日を生きている。そんな青木くんに恥じないふさわしい生き方をしたいと思う。それは青木くんが生きられなかった1日を、私達が与えてもらった今日1日を丁寧に生きることでもあると思う。丁寧に生きるっていうのはどういうことかっていうと、感謝して生きるということです」と語りました。

東京で大学生をしている、21歳になった女子大生さんからメッセージをいただきました。
★「北嶺の青木くんの同級生です。今日は青木くんの命日ですが、夜ちょうど日付を越してすぐ、半崎さんのインスタグラムの投稿と音楽を聞いて1人で青木に思いをはせることができました。いつもは忙しさのあまり思い出せない日も多々ありますが4年経っても、今日だけは思いっきり悲しんで悔しんで、大好きだった人のことを大好きになれる時間を取ることができました。今日は美容院へ行って、自分の誕生日ケーキを買っていつも通りの日曜ですが、半﨑さんのおかげでとても特別な日曜日を過ごすことができそうです。くだらないことは言い合っていたのに、肝心なことは言えなかったのが今でも後悔しています。今年は成人式や同窓会があり、同級生に会うことが多かったのに、その場にいないことは当たり前で、もし会えていたら、とも思います。ただ一言、「好き」ということを伝えられていたら・・・」

半﨑さんは「東京からこうして思いを馳せてくださっている方のメッセージ受け取りました。ありがとうございます。こうやってみんなで思いを繋いだり、寄せ合うことの尊さを改めて感じながらこのメッセージを読ませていただきました。2年前に青木くんを偲んで植樹した桜。グラウンドがよく見渡せる場所にみんなで一緒に植樹しました。去年は花をつけなかったけれど、今年見事に開花しました。初々しい花たちが咲き誇っていました。ご両親含めてこうして集まってみんなで思いを寄せ合う時間を欠かしたくない、毎年そうやって続けていきたいと実行されている校長先生を尊敬しますし、皆さんと涙したり語り合ったりする時間の中にこそ、青木くんは生きているんだと感じます」と話しました。

<コンサート情報>
*7/4(木)ハンザキスト倶楽部限定〜5周年記念ライブツアー〜@札幌ルーテルホール
(ファンクラブ入会については半﨑美子さんのオフィシャルホームページをご覧ください )
*11/28(木)読売新聞創刊150周年記念 半﨑美子 コンサートツアー
〜「人生案内」と私 〜@札幌市教育文化会館