ほっかいどう元気びと

日曜日 あさ9:30-9:50

2020年3月29日のゲスト

川内谷 幸恵さん
川内谷漁業部/
「海の宝!水産女子の元気プロジェクト」水産女子
川内谷幸恵さん

余市町出身 41歳。
江別の短期大学を卒業し、その後結婚。子育てをしながら、障がい者福祉施設などで働きますが、2017年父親の入院をきっかけに実家の「川内谷漁業部」を継ぐことを決意。
船舶免許を取得し漁に出る一方で、去年11月、水産庁の「海の宝!水産女子の元気プロジェクト」の水産女子に認定され、消費者に漁業の現状や魚のおいしさなどを伝える活動を行っている。

radikoのタイムフリーを使用すると、放送終了から1週間ほど番組を聴くことができます。

村井裕子のインタビュー後記

川内谷幸恵さん 今回の『ほっかいどう元気びと』は、余市町で漁業を営む川内谷幸恵さん 41歳。3年前に実家の「川内谷漁業部」を継いで漁の仕事をこなす一方で、味は良くても市場に出せない雑魚の加工への取り組みや修学旅行生の漁業体験の受け入れなど、海の仕事や魚の美味しさを知って貰うための発信にも力を入れている。去年は、水産庁が推進する「海の宝! 水産女子の元気プロジェクト」に応募して水産女子に認定され、さらに活動の幅を拡げている。3人のお子さんを育てながら、余市の水産のために力を尽くすその思いを伺った。

 「海の宝! 水産女子の元気プロジェクト」は、水産業界で働く女性達が繋がって新たな価値を生み出し、情報を社会に広く伝える活動として水産庁が平成30年から始めている。現在、全国で50名、北海道では4名が認定されているが、“現役女性漁業者”としては道内で川内谷さんが初めてとのこと。応募してみようと思ったのは、全国の同じ立場の女性達と情報交換が出来るような横の繋がりが欲しかったからと川内谷さんは言う。
 実際に海に出る仕事は、冬場は父親と一緒にカレイなどの刺し網漁に、夏場はひとりでこなすウニ、アワビ漁。父親からは操縦の仕方や漁具の使い方を説明されただけで「やってみろ」と任され、自分で現場に出て覚えていったという。女性が海で漁をするということも、ましてや子育てと両立することも簡単ではないだろう。川内谷さんは、「私だから出来ると思ってやってきました」と強い信念をにじませる。曰く、シングルマザーとして3人の子供を育てながら沢山の苦難や壁を乗り越えてきて自信を深めてきたとのこと。
 その心意気に「格好いいなぁ」と惚れ惚れしながら、そう感じる根拠にふと気づく。男社会とされてきた海の仕事に対して、“女性も参入すべき”とか“女性にも場を与えてほしい”というスタンスではなく、“私だから出来ると思った。だからやっている”というシンプルさと潔さ、それを支える内面の太い自分軸があるのだ。そして、「当然男性より力は劣るので同じようには出来ない。体力も度胸もある自分はやっているが、皆が出来るものでもない」と言い、“女性が”ではなく“私が”というスタンスを語る。だからシンプルにこなせているのだ。経験により益々面白くなる漁を、食べて貰えないのは“もったいない”と思う雑魚の加工を、海の仕事を見せたい高校生の受け入れを、そして、自分にとって最も大事な3人の子育てを。

川内谷幸恵さん 長年インタビューを通して人の思いを訊いていると、物事の複雑さが削がれて、シンプルでいいのだという発見に繋がることが幾つもある。例えば何かを一心に続けている人が共通して持っているのは、「これをしたい!」という“強い思い”。川内谷さんは収録後のこぼれ話で、「毎日ずっと魚のことを考えています」と話されていたが、やはり、何か“これ”というものを見つけたら毎日そのことを考えればいいのだ。強い思いを持って考え続けていればそこからアイデアは羽根が生えたように飛び立ち、俄然面白くなる。面白くなれば身体も動く。その積み重ねが経験則になり、自信が醸成される。そうなるともっと面白くしたいと智恵が湧き、周りも変わっていく・・・すべての“いい仕事”にはそんな「普遍の法則」があるのだと、川内谷さんの仕事の姿勢からも改めて気づかされる。
 様々な取り組みの方々にインタビューしながら私自身心に持っていたのは、人々の営みの中に息づく目には見えない「普遍の法則」を見つけたい、どんな世になっても「人が大切と思うことは何か」を浮き彫りにしたいという思い。それを、どうにか易しい言葉で伝えられないかというのがインタビュアーとしてのミッションであったと思う。例えば戦争と平和についての取り組みをしている人の話から、例えば子供の権利を守る活動をしている人の話から、例えば障がいを持つ人をサポートする人の話から、例えばアイヌ民族の伝統文化を考える人の話から、「ひとりひとりがほんとうに心地良く生きられる世の中のために大切なことは何か」という視点を言葉でどう伝えたらいいかとお話を訊く度に思いを深くした。堅い言葉で言うなら、すべての人のためにある「人権」。
 女性の権利にまつわるジェンダーフリーのテーマにも時折触れてきたが、今回の川内谷さんのお話から改めて噛み砕けたことは、働く場としてかつて男性が占めていた職場にも女性が参入出来るようなさらなる仕組み作りは勿論のこと、そこをもはや超えて共有すべきは「個々の力の真の尊重」ということだ。単に女性が男性の場で活躍することが目的なのではなく、ひとりひとりが出来ることを持ち寄り、それらを尊重し合い、支え合える世の中。人によって体力も違えば出来ることも皆違う。男性も然り。それぞれが歩ける歩幅で、まずは“自分の居場所”を元気にしていく。そういうシンプルなことを信じ合えることこそがこの複雑な世の中で皆が人間らしく生きていく“普遍”なのではないか。・・・目に見えぬ感染症の打撃により北海道が大きく疲弊する状況下で奇しくも最終回を迎える中、川内谷さんとの話から私自身が感じた明日への希望でもある。
 「私だから出来る」という川内谷さんの信念の言葉は、“私達”という共同体の信念としての言葉にもなり得るはずだ。「私達だから出来る。私達は大丈夫」。その言霊(ことだま)の力が、放送を通して聴いてくださっている方おひとりおひとりの気持ちを支えるものになれたらどんなにいいだろう・・・そんな願いを込めて最後の収録を終えた。

 思えば、この番組が始まったのが2011年の4月。第一回目の収録は、東日本大震災発生から4日目の3月15日だった。ゲストの小檜山博さんと向き合う中、大災害直後だけにまだ明らかになっていないことに触れることは避けなければならない、では何についてなら話せるのか、何を伝えなければならないのか・・・など、揺れる思いで収録に臨んだのを覚えている。今思えば、番組のスタートでそういう未曾有の出来事に向き合わされることで、これから私達ひとりひとりは何を考えていかなければならないのか、不確実な時代に向かっていく中でいったい私達は何を大切にしなければならないのかという本質に番組としてしっかり向き合っていきなさいと突きつけられたのだと思っている。
 9年間で出演してくださった方は“のべ470人”。取り組みも様々で、農業・漁業、文化・芸術、教育・福祉、ものづくり、スポーツ分野などなど・・・ほんとうにおひとりおひとりが“北海道の一隅(いちぐう)を照らしている”のだということを毎回感じさせていただいた。そして、何よりも、有名無名にかかわらず市井のおひとりおひとりにそれぞれの思い、志、使命といったものを語っていただけたことが、この番組の誇りであり、放送をお送りする私達の原動力であったと実感している。
 正直、私自身が最も“元気びとロス”であり、ついつい「この人にもお話を訊いてみたい、この人からはどんな言葉が溢れてくるのだろう」と、インタビューしたい人達をアンテナでキャッチしてしまう日々なのだが、私自身も北海道を元気にするひとりとして、これからも自分自身が担える役割で「大切なこと」を伝え続けていきたいと思っている。
 何かが終わるということは、何かが始まるということ。「明日は何が待っているんだろう」という希望を胸に、明日を迎えに行く心持ちで私の使命を果たしていきたいと思う。

 これまで出演してくださった皆さま、ラジオを聴いてくださった皆さま、そして、この「インタビュー後記」を楽しみに読んでくださっていた皆さま、ほんとうに有り難うございました。また、どこかで、お会い出来ますように。
 『ほっかいどう元気びと』を支えてくれたすべての方々に、深い感謝を込めて・・・・

2020年3月29日 村井裕子 

過去のゲスト・インタビュー後記はこちら

パーソナリティ

村井裕子 フリーキャスター/声と言葉の自己表現「村井塾」主宰

HBCで18年間勤務の後、フリーとして活動。現在は放送や朗読表現活動の他、札幌や帯広など道内各地で「話し方」「朗読」講座を通し、声と言葉の自己表現による人の魅力作りにも尽力する。

メッセージ募集

番組では、みなさんからのメッセージを募集しています。メッセージフォームからお送りください。

メッセージフォームはこちら

HBC TOPRadio TOP▲UP