ほっかいどう元気びと

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2019年11月10日のゲスト

鈴木 牛後さん
酪農家(鈴木牧場経営)/俳人
鈴木牛後さん

小樽市出身。
小・中・高校時代を美幌で過ごし、北海道教育大学旭川分校に進学。卒業後は札幌で会社員として勤めたのち、1992年に酪農ヘルパーとして下川町に移住し2000年に酪農家として独立。
酪農の傍ら10年ほど前から俳句を書きはじめ、2018年に「角川俳句賞」を受賞。今年8月に出版した第3句集『にれかめる』は「第34回北海道新聞俳句賞」を受賞した。

村井裕子のインタビュー後記

鈴木牛後さん ちょうど1年前、新聞を読んでいて、「角川俳句賞」の受賞者を取り上げた記事が目にとまった。俳壇の新人賞とされるこの賞を北海道で30年ぶりに受賞したのは酪農家の鈴木牛後さん。1961年に小樽で生まれ、92年に酪農ヘルパーとして下川町に移住。2000年に独立し、放牧で牛を飼いながら俳句を作っているという。・・・下川町から札幌のラジオスタジオに来ていただけるだろうか。自然と折り合いを付けながら牛という生きものと向き合う毎日から俳句はどのように生み出されているのか是非お話を聞いてみたい。『ほっかいどう元気びと』のゲスト候補のおひとりとして企画に上げさせていただいてほぼ1年。第3句集が発表されたばかりという話題も含めてインタビューさせていただいた。

 まずは事前に、新しい句集『にれかめる』を書店に探しに行き、読んでみる。「にれかむ」とは、牛や羊などが反芻するという意味の古い和語であると「あとがき」で知り、おもむろに表紙を眺める。一面に小清水町在住の版画家 冨田美穂さんによる牛の顔。俳号も「牛後」さんであるからして、まさに“牛づくし”。掲載の374句はほとんどが牧場の四季折々から紡ぎ出されていて、蝶、蛾、蜘蛛、芋虫、蜥蜴など小さな生きものも息づいているが、圧倒的に題材の中心は「牛」だ。
 <にれかめる牛に春日のとどまれり>
 <発情の声たからかに牛の朱夏>
 <羊水ごと仔牛どるんと生(あ)れて春>
 <牛死せり片眼は蒲公英に触れて>
 牛という存在、その生まれて来て、生きて草を食み、やがて命を全うするという事実が淡々と五七五の短い言葉で紡がれている。俳句とは無縁の私自身が句集から何を思うのか想像が付かなかったが、この『にれかめる』の374句を“反芻”してみて感じたのは、立ち上る様々な匂いとか、湯気が出ているような体温、生きものを触った時のぬくっとした感触のようなもの。数句の鑑賞ではなく374句を丸ごと咀嚼することで五感が“牧場”にいるような感覚になった・・・というのが門外漢ながらの読後感だった。ふとした折にそれらの句を思い出すと-まさに“反芻”-鼻腔内に干し草のような記憶の匂いがぷんとしてくるからまた不思議。意識もせずにいた牛の圧倒的な存在感に改めて驚きを覚える。

鈴木牛後さん そういう牛との日々で感じる空気感を五七五の言葉で表現する実際の鈴木さんは、一言で表現すると“気負いのない人”。サラリーマンから酪農家という仕事を選び、少数派となった放牧酪農に携わるのは何か特別な思いを込めているのかと興味深く訊ねると、「人間がわざわざ牧草を刈り取って牛舎に運ぶより、牧草地に牛を放して勝手に食べた方が理にかなっている」と飄々と語る。ほんとうにそうかもしれない。自然の理(ことわり)にごく自然に従えば、人間が合理的に進めてきたことによる様々なズレに気づく。その絡まったパラドックスをただほぐせばいいだけなのだと気づくだけのことだ。牛の“生き死に”も日常だと鈴木さんは言う。命を預かり、世の中の経済に寄与し、そして、淡々と次の命に繋ぐ。そんな日常の中で、見たものや気にとまったことを言葉にし、自分の記憶にも文字にも残すことが出来るのが俳句の良さだと話す。「自分はただ酪農と俳句の接点を紡いでいくだけ」と。
 ふと、道立文学館で今年3月に観た特別展『北海道の俳句~どこから来て、どこへ行くのか~』を思い出す。江戸時代からの長い文化の堆積によって俳句が受け継がれてきた本州とは違い、北海道にはこの土地ならではの独自性があると解説されていた。明治初期の入植者や流れ来たさまざまな人達、戦前戦中には俳句弾圧を逃れた人や炭鉱労働の人達、いわゆる“民衆”によって俳句は親しまれ、厳しい環境の中、生きる“よりどころ”であったという。高尚な文芸というより、働く民がその都度の歴史や季節の移ろいの中で感性を言葉にしたものが俳句だと考えると、鈴木さんの句集から牛とともに暮らしを営む“匂い”が立ち上るのも当然なのかもしれない。
 そして、そんなふうに“匂い立つ”『にれかめる』からもうひとつ感じられたのが“息づかい”のようなもの。使われている擬音語や擬態語の自由さに驚き、時に面食らう。先述の、仔牛が“どるんと”産み落とされる表現もインパクトは強烈。そして、
 <牛の眼のろろんと春日噛みかへす>
 <春動くるろるるろると牛の舌>
 春の日に牛の眼が“ろろん”と見えたり、舌が“るろるるろる”と動いているように見えたりするなど、俳句はそんなふうに日本語で“遊んで”もいいのかと、言葉の間口がぐっと広がったような自由さを再認識する。鈴木さんは、「いわゆる“オノマトペ”はありきたりのものではイメージが膨らまない。音の表現はひとつ浮かんでももっともっとと探したくなる」と、音と言葉が出会う妙味を語り、さらにそういう面白さを共有するために、自分一人で作るだけではなく下川町の人達と定期的に句会を開いているという。地域の農家の人、会社勤めの人、それぞれが句を持ち寄って感想を言い合うのだそうだ。

 言葉というのはやはり面白い。ぎゅっと凝縮することで、今自分が何を見ているのか、どう感じているのかが浮き彫りになる。その十七文字に研ぎ澄ました言葉の塊が気持ちを癒やしたり、励ましたり、自然との一体感を思い出させてくれたり、さらには生きる“よりどころ”にもなるのだろう。収録後、酪農と俳句作りを通して、鈴木牛後さんはどういう生き方をしたいかとさらに伺うと、「自分も牛も、平穏に過ごしたい。酪農も俳句もこのまま淡々と続けていくだけ」とやはり飄々と話されていた。では、ご自身は、「角川俳句賞」などの評価をどう感じているのかを訊いてみると、「評価されたのは1句1句の細かい技量というよりも、50句全体から出てくるイメージの強さ。そういう“北国のリアリティー”は表現の上でとても意識している」とのこと。そうして、歳時記には載っていない、例えば、立夏の後でも雪が降るという北国ならではの「夏の雪」などといった季語も益々表現していきたいと、北国ならではの俳人の矜持をのぞかせていた。
 そして、俳句集と言えば俳句を嗜む人達の狭い範囲で読まれがちだが、『にれかめる』は、同じ酪農の人達や一次産業に携わりながら文学・芸術に取り組んでいる人達など、今までの枠を越えて手に取られているのだそうで、それがとても嬉しいと鈴木さん。そんなところにも北海道の俳句の可能性はまだまだあるのかもしれないと思うとまた面白い。厳しい自然の中で淡々と働く人達の感性の共有である“言葉の可能性”としてもまた然り。
 収録を終えた翌日の北海道新聞には、鈴木牛後さんの句集『にれかめる』が「第34回北海道新聞俳句賞」を受賞したと大きく報じられていた。「作業中は手さえ動かせばいいから頭は俳句のことを考えられる」と気負わずに話す口調を思い出し、その潔く“等身大である”ということが最大の武器なのだと、改めて酪農兼俳人の存在意義を再認識する。市井の人の中にある様々な思い、様々な力、それらが結集され、様々な可能性が地域を作り、そうして、これからも人が淡々と営みを紡ぎ続けていくのだと、改めて思う。
 そういう市井のひとりひとりが持つエネルギーをこの番組を通して伝えられることは大きな喜びだ。鈴木牛後さん、受賞おめでとうございます。今回の『ほっかいどう元気びと』の放送回はちょうど450回目。これも単なるひとつひとつの積み重ねの結果にしか過ぎないが、おめでたいついでにそんな区切りを喜びたいと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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