ほっかいどう元気びと

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2019年9月29日のゲスト

大城 和恵さん
「北海道大野記念病院」勤務 医学博士/
国際山岳医・北海道警察山岳遭難救助アドバイザー
大城和恵さん

長野県出身 52歳。
日本大学医学部卒業後、札幌で循環器内科医として勤務し、2010年に国際山岳医の資格を日本人で初めて取得。
2013年には当時80歳だった三浦雄一郎氏のエベレスト登頂に チームドクターとして参加。今年1月にも、南米大陸の最高峰”アコンカグア”登頂を目指す三浦さんに同行、心不全の危険があると診断し下山を勧めた。
現在も札幌で医師として勤めながら、山岳医療と登山者の安全指導に力を注ぎ、「富士山衛生センター」での診療も今年で5年目となる。

村井裕子のインタビュー後記

 Webで『ほぼ日刊イトイ新聞』を運営する糸井重里さんがよく挙げている言葉がある。それは、「やさしく、つよく、おもしろく」。仕事に限らず何事においてもこうでありたい、そして、この順序が大事なんだと説く。「なによりまず、『やさしく』からはじまる。そして、『つよく』がそれを支え、『おもしろく』が来る」と。
 若い頃には“当たり前”過ぎて響かなかったのではと思うが、今だからこそこのシンプルさがいいなぁと思う。そして、“人”もそうありたい・・・というか、自分がそうありたいと思う。「やさしく」「つよく」、そして、「おもしろく」生きるという“生き方”。まさにその順序。糸井さんは、「やさしく」は「愛」でもあると表現されていたが、まさしく表面上のやさしさではなく「慈愛」のようなもの、それが第一に来るのがいい。そして、「つよく」あれ。ほんとうはよわくても智慧で「つよく」を備えるのだ。そうじゃないと自分を生きられない。そうして、「おもしろく」あれ。面白可笑しく人を笑わせるのが得意ということではない。“生きることはおもしろい”と感じて生きる。険しく果てしない人の世の坂道をおもしろがりながら進み、周りにも“生きることはおもしろい空気”を伝染させていく・・・そんなイメージだ。

大城和恵さん ・・・などと考えながら、次の『ほっかいどう元気びと』の資料や著書を読み込んでいると、まさに“やさしく、つよく、おもしろく”の人がここにいた。国際山岳医の大城和恵さん 52歳。「北海道大野記念病院」登山外来の医師を務め、夏場には「富士山衛生センター」での泊まり込み勤務にも出掛けていく。世界の山々にも登る中で、80歳を過ぎた三浦雄一郎さんのエベレストやアコンカグア登山にも同行し、全国的にも注目を集めている人。『ほっかいどう元気びと』には、5年前の2014年5月に出ていただいている。今回は、「もう一度会いたい元気びと」として、その後の活動への思いを伺った。
 5年前の大城さん。「どんな人生の山を目指したいか?」という問いに、「自己実現をしていく生き方」と答え、その頂は見えているかと畳みかけると、「きっと頂には届かないのではないか。いつも高みを目指し、取り組みを続ける中で次の目標が見えてくると思っている」と話されていた。年月が経ち、その“大城的人生山登り哲学”に変化はあるかと伺うと、「あの時は、遭難を減らすという漠然とした目的はあったが、この方法論でいいのかと不安を持ちながら進んでいた。これでいいのかという気持ちだったが、続けることによって登山者の反応が変わってきたことも実感し、こうすれば遭難が減ると明らかに思えることも出てきた」との答え。方法論も具体的になり、手応えを感じてきた5年の道のりだったとのこと。年齢もプラス5歳積み重なり、変えてきたやり方としては、「自分の持っている時間は限られている。出来ることとやらないことをはっきり分け、ほんとうにやりたいことだけ注力しよう」という時間への意識の持ち方。とはいえ仕事がなかなか減りませんと今の心境を語る。
 その多忙な中で大城さんが最も力を入れているひとつが、ご自身で企画している一般登山者への講習。登山者が自分で様々なことを予防出来、応急の手当ても出来るような“自助能力”をあげることがまずは大事で、その裾野を拡げる取り組みなのだという。「“医学”は医者が研究し構築するものだが、“医療”というのはもっと広い意味で、登山者ひとりひとりが担うもの。それが山の安全に繋がり、ひいては日常の暮らしにも役に立つ」と。それを分かりやすく伝え、個人個人で備えてもらうというのが、大城さんが“今、最もやりたいこと”。講習会のみならず、実際に山に出掛けて行って登山者達に声を掛けることも大切な取り組みのひとつだという。そして、エベレスト登頂など個人でも山への挑戦を続けているのは、登りながら自分の体調チェックをして分かることもまだまだあり、その経験則も広く伝えていきたいからとのこと。これまでの山岳医としての学び、登山経験、かつて体験した登山中の小さな失敗・・・それらすべてを登山者の安全のために活かしたいという思いがさらに凝縮されていることが伝わってくる。

大城和恵さん そして、今年1月の三浦雄一郎さんのアコンカグア登山の同行についても訊いてみたいことがあった。「心不全の危険があると判断した大城医師が涙ながらにドクターストップをかけた」という報道に触れ、インタビュアーとしてはその涙の背景にとても興味があった。何の涙だったのかを訊ねると、「医学的にその判断に迷いはなかった」と即答後、三浦さんと大城さん、そして、チームの信頼関係が伝わってくるようなやりとりを語ってくれる。
 「86歳の三浦さんが一生懸命あそこまで来て、まだ登りたいと思っている。登ることしか考えないで来た三浦さんが、たぶん寝耳に水だった私の判断にしばらく黙った後で、『わかった。僕は下りるから、先生登ってきなさい』と言ってくれて・・・。なんて優しい人なのかと思った」。
 登頂挑戦の断念を求められたその状況で、ストップをかけた医師に“あなたの判断を僕は受け入れる。あなたは頂上に行きたいでしょう。どうぞ登ってきて”という思いを伝えることの出来る優しさ。その気持ちに大城さんの涙腺は緩んだのだと知って、こちらの胸も熱くなる。想像してみるだけでもうるっと涙が出そうになるのは、やはり、人の優しさと強さの持つ圧倒的熱量に惹かれるからだろう。人が目指すそれぞれの“頂上”というのは、それぞれの人間力の高みなのかもしれないと、改めて感じさせていただいたエピソードだった。

 大城さんの活動を外側から見て感じていた「やさしさ」と「つよさ」。今回の「もう一度会いたい」のインタビューを終えて、その“容量”の大きさやバランスの絶妙さは根本に“やるべきことがはっきりしている”という軸があるからなのだと腑に落ちる。収録後、海外に比べて後れを取っている日本の山岳医療や救助体制を推し進め、同時に登山者個々の意識を高めていく取り組みは、実際には様々な分野との意思統一なども難しく、逆風も少なくないという現状を語ってくれたのだが、何度か口にしていた「誰のための取り組みなのかを最も大事にしなくては」という言葉からも一本の真っ直ぐな“軸”があることが感じられた。曰く、特別な誰かの利益になってはいけない。目的を見失ってはいけない。山での遭難を防ぎ登山者の命を救うのは勿論のこと、救助隊の命も守れる仕組みになっているか、税金を支払う人の不利益にはなっていないかなど、すべてにとって“良し”とする方法に知恵を絞らなければならない。その到達点がずれてしまう方向なら、駄目なものは駄目、譲れないものは譲れないと言い続けたい、と。

 誰のための「やさしさ」なのか。誰のための「つよさ」なのか。実はそのベクトルが大事なのだと、改めて、「やさしさ」と「つよさ」という言葉の意味を考える。「やさしさ」を発動するためには必ず相手がいる。「人」が「憂い」に寄り添うから「優しい」のだ。利己か利他かを振り分ければ自ずと方向性は見えてくる。そして、自分ひとりだけなら「よわさ」のかたまりだが、人に寄り添うためなら「つよさ」も鍛えられる。
 「やさしくて、つよいなんて・・・光栄です。私はまだまだです」と謙遜する大城さんと話していて、やはり、“自分はいつも途上にある”と何かを求めながら進む人が魅力的であり、人として「おもしろい」のだと納得。さらに歳を重ねていく中で“新しい山を登り続ける”大城さんに再び会いたいと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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