ほっかいどう元気びと

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2019年9月1日のゲスト

櫻井 けいさん
「森の六畳書房」
櫻井けいさん

神奈川県出身 65歳。
幼い頃から本が好きで、立教大学文学部を卒業後、書店で半年ほどアルバイトをし、図書館司書の資格を取得。その後、結婚し子育てに専念。
2012年からはセカンドライフを自然豊かな涼しいところでおくりたいと浦河町と神奈川県の2か所に住まいを設け、2016年5月、夫婦で浦河町に完全移住。
2017年に閉店した「六畳書房」を引き継ぎ、去年3月、自宅の居間に浦河町唯一の本屋「森の六畳書房」をオープンした。

村井裕子のインタビュー後記

櫻井けいさん 今回の『ほっかいどう元気びと』は、浦河町で唯一の本屋「森の六畳書房」を自宅で開いている櫻井けいさん 65歳。これまでもこの番組では“本”を届けるためにそれぞれのやり方で取り組む“元気びと”達をご紹介してきた。地方の書店経営を独自のアイディアで続ける人、書店誘致のために奔走した人、自宅で絵本屋を営む人、ブックシェアリングというアイディアを考え出した人、さらには、北海道発の本に情熱を込める出版社の人達・・・いずれも、暮らしの中から本を無くしたくない、地域の本屋の灯を消してはならない、紙の本を手に取る楽しみを伝えたいという“志”ある地道な取り組みを続ける人達だ。
 8年が過ぎたこの番組の誇りは、そういう方々の思いを届けてきたこと。2011年4月24日放送の「くすみ書房」久住邦晴さんをはじめ、“本”にまつわるゲストはこれまでに20名を超える。そして、まだまだインタビューしたい人もいる。北海道で静かに、熱く“本の仕事”をしている人達の思いを届けることで、地方とはいえ文化をあきらめない気概、そこから生まれる目には見えない豊かさを多くの方々と共有していければと思っている。

 浦河町で毎週月曜日に開かれる「森の六畳書房」は、櫻井さんご夫妻が去年の春から自宅の居間を活用して始めたもの。もともと浦河町には2014年から17年まで町民出資型で有志がボランティアで運営する「六畳書房」という“唯一の本屋さん”があったが、継続が困難になり惜しまれながら閉店。それをなんとか引き継げないかと、神奈川県から浦河町に移住してきていた櫻井さんが手を挙げたのだという。
 大学ではフランス文学を学び、卒業後に書店で半年ほどアルバイトを体験。図書館司書の資格を取得したものの結婚・出産でしばらくは子育てに専念していたという櫻井さんだが、夫のリタイア後のセカンドライフに選んだ新しい土地で“本屋さん”としての暮らしをスタートさせる。・・・と、その流れ自体が“絵本”になりそうだが、櫻井さんは「本屋を自分がやるなど全く考えていなかった」と笑う。「六畳書房」を引き継いだのも、「誰もいないんだったら、私がやろうかな」という軽い気持ちだったそう。「同じような思いの人が出てくれば、また次に引き継げる。とりあえず、誰か出てくるまでは私が・・・ぐらいの軽い気持ちです」と。そして、本はネットでも買える時代だが、“ふらっと入った本屋さんでたまたま見かけた本が良かった”という本にまつわる記憶が忘れ難く、人と本との出会いの場を無くしてしまうのは残念だと思ったと語る。実物と接することが出来る本屋はネット購入とは違う役割があるはず、と。例えば、“その時探していた本とは違う本”に出会える面白さも本屋ならではのもの・・・という話に、そんな“ライブラリーエンジェル”との出会いともいうべき書店の不思議を何度も経験してきた私自身もひとつひとつに大きく頷く。

櫻井けいさん 自宅が小さな森の中にあるので「森の六畳書房」。看板やブックカバー、栞などはいろんな人達の応援によって作られたもの。そんな唯一無二の場所にやって来るのは、地元の本屋を支えたいと願うまちの人達はじめ、えりも町など近隣の本屋の無いまちからも聞きつけて訪ねて来る人達。そして、地方の小さな本屋さんを応援する気持ちで遠くから訪れる人も少なくないという。何かで知ってやってきた人達は、「イメージ通りでした」と言って帰って行くそう。そのイメージというのは、“想像していたような蔵書だった”ということだそうで、櫻井さん曰く、「うちの本屋は買い取り制なので流行を追わない。どちらかというと、長く置ける本というイメージ」。年配の方も多いので、“高齢化時代をどう生きるか”というテーマの本などが今とてもよく出ていると話す。
 昨今は、本が好きだから本屋を・・・など簡単には実践出来ない社会状況だが、櫻井さんが“わりと気軽な気持ち”でまちに唯一の本屋を引き継げたのは、書店運営に際して、本の売り上げはすべて次の本の仕入れに回す「利益を目指さない本屋」だからというのも大きかったそうだ。これで食べていかなくてはという状況であればとても成り立つものではないが、今の年齢だからこそ何か役に立つこととして出来るのではないかと思ったという。
 ・・・夫婦でセカンドライフ。北海道移住。利益を目指さない本屋。“食べていくため”の仕事とそうではない仕事。リタイア後だからこそ出来ること。まちの人達の応援。地域の人達の集う拠点。お年寄りの人達がふらっと来られる居場所。本を手に取れる場所。・・・いろんなキーワードを繋ぎ合わせると、まさに、“今、そして、これから”の時代が透けて見えてくる。地方が今できること、地方だからこそ出来ることはまだまだあるのではないか。シニア世代が出来ること、シニア世代だからこそ出来ることはまだまだあるのではないか。・・・そんな、沢山のヒントが感じられた。

 お客さまを待つだけではなく、本屋の無い周辺の地域にも時折出掛けて行く出張販売も“気づいたら始めていた”という櫻井さんは、「こういうやり方で本屋を運営することも出来るのだということを知ってもらって、隣町にも本屋が出来ていけば楽しい」とも話す。まちの本屋同士が繋がりを持って情報交換をしたり、書籍の入れ替えをしたりしていけたら新しい本に出会える。・・・そんな夢を描いているという。“文化”というのは、繋がることでさらに定着し、浸透し、相乗効果で豊かになる。その繋がり方もいろいろあると面白い。
 収録後には、浦河町のもうひとつの文化の担い手である“名物老舗映画館”「大黒座」との繋がりに関しても、「大黒座さんが、映画を観に来たお客さんにまちにただひとつの本屋へも行ってみてと、声を掛けてくれているんです」と嬉しそうに話されていた。「浦河には、そんな応援や口コミなどもあって大黒座と森の六畳書房を両方セットにして訪れる人が多いみたいです」と。大黒座と森の六畳書房、両方に足を運びたいと思う人達は何を求めるのか、そこにどんな共通項があるのか、櫻井さんの言葉にしてもらうと、「どちらも地味で渋いけれど、きっと、生き方を考えるヒントがあるのでしょうね」との答え。
 ちょうど今、「大黒座」では、「マイブックショップ」という映画が上映されているという。書店が一軒も無い英国の海辺のまちで書店を開業した女性の物語。この上映に合わせて、まちで唯一の映画館と唯一の本屋が手を携えての共同企画も行われているのだそうだ。

 物語というのは、小説でも映画でも、沢山の偶然や出会いによって思いがけぬ方向に展開していったりする。現実も案外そんなことの連続で出来ているものだが、フィクションのようにドラマチックではないし、ハッピーなことがあっても、けっして、それはエンドではない。今日が終われば、また明日を淡々と迎える、その繰り返しの日々だ。“地味”であり、けっこう“渋い”。だけど、それは実はとても味わい深いものだということにふと気づく。思っていたよりも、人生はいいものかもしれない。・・・そんなふうにしみじみ思えるのは、活字や映像に触れることによって自分の内側にあるものにも出会うことが出来るからだ。
 そんな“呼び水”になるような一冊や一編にめぐり会える機会を大切にしたい。ふらっと入った書店(出来れば、窓の外に森の風景。風にそよぐ木々が眺められたらいい。鳥のさえずりも聞こえたらなんと贅沢なことか・・・)で。館主の思いが込められていたりする映画館で。
 だからこそ、地方の文化の担い手達の存在を、地味に渋く伝えていきたいと思っている。

(インタビュー後記 村井裕子)

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