ほっかいどう元気びと

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2019年8月4日のゲスト

デビッド・マシューズさん
ジャズ・ピアニスト/
「札幌ジャズアンビシャス」音楽監督
デビッド・マシューズさん

アメリカ・ケンタッキー州出身 77歳。
世界的ジャズピアニストで、作曲家、編曲家、プロデューサーなど多彩な顔をもち、1970年代後半にはポール・サイモン、ジョージ・ベンソンの楽曲でグラミー賞を受賞、フランク・シナトラ、ポール・マッカートニー等のアレンジも務め、アメリカ音楽界での地位を確立。
1980年代に入ってからは、「マンハッタン・ジャズ・クインテット」を結成し度々来日。
2013年「本場ニューヨークのジャズを日本に根付かせたい」と移住し、2018年4月からは千歳市を拠点に幅広い音楽活動を行っている。

村井裕子のインタビュー後記

デビッド・マシューズさん 今回の『ほっかいどう元気びと』は、千歳市在住のジャズピアニスト デビッド・マシューズさん 77歳。70年代に作曲や編曲、プロデュースなども幅広く手がけてアメリカ音楽界を牽引し、80年代には「マンハッタン・ジャズ・クインテット」を結成。さらに、「マンハッタン・ジャズ・オーケストラ」に発展する中で度々来日し、日本で本場ニューヨークのジャズを広めた世界的ミュージシャン。2013年からは日本に移住し、熊本、青森、東京を経て去年4月には千歳に居を構え、「札幌ジャズアンビシャス」の音楽監督を務めながら子供達への演奏指導など幅広く音楽活動を続けている。「サッポロ・シティ・ジャズ」の夏のシーズンを締めくくる「North JAM Session 2019」を前にお話を伺った。

 大の親日家というマシューズさん、事前資料を読むと、日本語も話し漢字にも興味があるとのこと。とは言え、通訳無しで長い時間独りで日本語インタビューを受けたのは初めてだったそう。それは収録後に分かったことだが、最初から最後まで優しい笑顔でひとつひとつの質問に対して一生懸命に言葉を探しながら、時にはとてもユーモラスに答えてくださった。ちなみに、その日本語は、「ジョン・レノンに日本語を教えた先生に習った」そうで、日本語や漢字と共に、日本の古い伝統的音楽にも興味があり、日本には学びたいことが沢山あると話してくれる。なぜそんなに日本を好きなのかをこれも収録後の雑談の中で訊いてみると、「日本が僕を好きだから」とチャーミングに一言。80年代に日本のレコード会社と仕事を始めて度々来日するようになってから日本のファンが増え、「日本が僕を好きになってくれたから、僕も日本が大好きになった」と笑顔で返す。そして、札幌にも何度も演奏で訪れてとても好きな街と言い、北海道のジャズミュージシャン達の演奏の素晴らしさや、音楽家に対する「サッポロ・シティ・ジャズ」のサポートを絶賛する。「世界各国を演奏でまわったが、芸術家への応援は札幌が世界一だと思う。これはとても価値あることだ」と。

デビッド・マシューズさん 収録の中では、8月25日(日)に札幌芸術の森野外ステージで行われる「North JAM Session 2019」での「札幌ジャズアンビシャス」と縄文太鼓による共演について、その初めてのセッションへの期待を話してくれる。縄文のリズムとジャズのリズムは違うが、そこからきっと何かが生まれるはず。それをとても楽しみにしている、と。聴く人にはどんな風に楽しんでもらいたいかと訊くと、「皆自分の特別なフィーリングがあるから、皆それぞれ違う。言葉には出来ないもの」とマシューズさん。ジャズの良さはまさにそれ。ひとりひとりが思い思いに感じることこそが音楽の楽しさなのだと伝わってくる。
 音楽で生きてきた人、自身が培ったもので多くの人達を楽しませてきた人は、「音楽は人に何をもたらす」と思っているのだろう。難しい問いかけだとは思いながらも訊いてみると、今、初めて考えました・・・と気づきを言葉にしてから、「すべてのミュージシャンは仕事でプレゼントを観客にあげる。自分のフィーリングで」と嬉しそうに語る。そして、初めて日本に住んだ時に考えたことを、こんなふうに続ける。「アメリカにその昔、ジョニー・アップルシードという人がいました。彼はリンゴの樹を植えてまわった。僕は、日本で音楽のジョニー・アップルシードになりたい。若い生徒達、大人達にも音楽の種を植えたい」と。
 ジョニー・アップルシードという人はWeb検索によると、「1774年9月26日-1845年3月18日。本名はジョン・チャップマン。アメリカ合衆国初期の開拓者の1人であり、実在した人物」とある。マサチューセッツ州レミンスターに生まれた彼は、成人するとリンゴの種を携えて西部の開拓地一帯を歩き、新エルサレム教会の教えを説きながら種を植えて回ったのだそうだ。その人柄と行為によって多くの人に慕われ、死後も開拓者精神を代表する人物として数多くの逸話や伝説が残り、アメリカ合衆国では、亡くなった日と誕生日が記念日になっているほど象徴的な人物とのこと。
 日本にジャズという“樹”を繁らせ、皆を幸せにする果実をもたらしたいというビジョンを描いているマシューズさん。北海道という開拓者精神の溢れる場所で、アメリカの開拓者精神を実践したいという符合が面白い。今、道内で子供達への演奏指導にも熱心に取り組んでいるというその思いは、「僕はただ演奏だけというのはしたくない。教えたい。未来に音楽の景色を教えたい」という言葉にも表れていた。
 何かを創り出す芸術的な仕事にかかわらずどんな取り組みにおいても、「自分は、どんな樹を植えたいのか、植えられるのか?」という問いかけは大事かもしれないと改めて思う。それはそのまま、「培ったものをどう次へ渡すのか?」という実践への道標になる。そして、さらに、「どこでするのか?」「誰とするのか?」のプラスアルファの問いかけに繋がることで、「一生で何をすべきか」という“生きる軸”が自ずと定まってくる。

 収録の前に、「音楽は言語を超えて世界のみんなが一緒に楽しめる。そこがすごいところですね」という問いかけに対し、深く頷きながら、「そう・・・僕は、話すこと・・・言語よりもジャズのほうが得意です」とウイットに富んだ答えをしてくれていた。とにかく、まずはジャズセッションを聴いてほしい、あなた自身のフィーリングがどう感じるのか体感してみてほしい・・・世界各地で観客に沢山の“プレゼント”を送り続けてきたベテランミュージシャンの願いはそれに尽きるのだと感じた。
 マシューズさん率いる「札幌ジャズアンビシャス」と芸森縄文太鼓隊による共演は、「サッポロ・シティ・ジャズ」の夏のシーズンを締めくくる8月25日の「North JAM Session 2019」の中のステージのひとつ。縄文太鼓を率いる茂呂剛伸さんは『ほっかいどう元気びと』の出演者でもある(2012年4月29日放送)。こんなふうに、多様な才能の「元気びと」達がいろいろな分野でセッションしていたり、一緒に仕事をされていたりすることはもはや珍しいことではない。「元気びと」達のクロスオーバーや新しい出会いを願いつつ、おひとりおひとりの思いをひとつひとつ丁寧に伺っていこうと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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