ほっかいどう元気びと

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2019年7月7日のゲスト

中居 香織さん
滝本食品株式会社 常務取締役/管理栄養士
中居香織さん

札幌市出身 37歳。
天使大学看護栄養学部を卒業後、札幌の水産会社に就職。
商品開発業務を経て販売促進につながるレシピ作成に携わったのち、専門調理を学ぶため退職、エコール辻東京でフランス・イタリア料理の基礎を学ぶ。
2008年、父親が経営する「滝本食品株式会社」に入社し、札幌市役所地下食堂のメニュー監修や企画・広報を担当。
また、去年11月には自らが経営するカフェ「Kitchen Oeufs(キッチン うふ)」をオープンした。

村井裕子のインタビュー後記

中居香織さん 『ほっかいどう元気びと』、今回のゲストは、「滝本食品株式会社」常務取締役で管理栄養士の中居香織さん 37歳。滝本食品は昭和27年から札幌市役所地下食堂の運営を続けてきた企業で、中居さんの父親が現在の社長。中居さんも2008年に入社以来、若い感性で食堂のメニュー監修や企画・広報を担当してきたという。今や、職員だけでなく市民にも人気の札幌市役所地下食堂。自治体の食堂にどういう思いで取り組んできたのか、食の仕事にどんな夢を抱いているのかを伺った。

 一昔前、昭和時代の自治体や企業の食堂は、“とにかくお腹を満たして午後の仕事に取りかかってもらう”ための食事提供場所。どちらかといえば雰囲気は二の次で、メニューもうどん、そば、カレーといった固定のものが主流だったが、ここのところはおおいに様変わり。安い上に、美味しく、健康的で、雰囲気もいいという食堂があちこちで増えてきた。札幌の中心部、大通公園に面する札幌市役所地下食堂もお昼時ともなれば、札幌市民はもちろん、ネットで見つけて来てみたという札幌観光リピーターの人達も大勢詰めかける。
 中居さんは、運営に関わり始めた時はまだまだ自分自身の管理栄養士としての方向性が定まっておらず、滝本食品の一員としても何をしたらいいのかの葛藤の真っ最中だったと話すが、この恵まれた場所にある食堂を“食べる”ためだけではなく、もっと魅力的な発信の場、出会いの場、癒しの場にするために何をしたらいいかと考えたのだという。メニュー監修という立場からまずは健康志向で見た目も重視のバランスランチを提案。その後の日替わり「すずらん定食」にその工夫は引き継がれて今も人気を集めている。6月から始まっている農産物の直売「新篠津村 とれたてマルシェ」は今年で3年目。北海道の食材の応援もしていきたいと話す。
 「札幌市役所地下食堂」とネット検索すると、美味しそうな写真とともに「今日のおすすめ日替わりランチ」や週替わりメニューが丁寧に紹介されている。この配信は中居さんが10年ほど前に始めたものだそうで、当時、官公庁食堂では初めての試みと話題になり、全国から注目されるようになったという。そのあたりは、収録後にぽつりと胸のうちを語ってくれたのだが、家業である会社で自分は何をしていけばいいのかと不安だらけだった中、“負けたくない”という思いだけが強かったのだそうだ。ブログ発信を続けたのも、「官庁の食堂とはいえ皆が楽しみで来てくれる食堂にしたい。“ただの食堂でしょう?”と言われたくないという一心でやっていた」とのこと。「私は負けず嫌いなんです」と、その迷い続きだったという20代の頃の原動力を話してくれる。
 “ただの食堂”と言われることに発奮する気持ちというのはどのようなものなのか。収録時に、食べること”を提供する仕事についての思いを伺った時に、「美味しいものを食べる環境の中に、食材を作ってくれる方の思いや空間の雰囲気も大事にしたい。それらを含めて食の提案者になりたい」と語っていた。「“美味しいもの”というのは、単純に食べ物だけではなくて、健康や安心、癒し、気持ちもとっても大事だと思う」と。去年オープンさせたお店「Kitchen Oeufs(キッチン うふ)」(札幌市中央区南3西8 大洋ビル2F・金土日祝営業)については、「小さなお店なので自分らしさを出していきたい。自分が作る料理はもちろん、インテリアや音楽などの雰囲気にもいいねと言ってもらいたいと」と話し、札幌市役所地下食堂とはまた違う“食”の場所への思いを言葉にしていた。

中居香織さん 管理栄養士としてキャリアをどう積めばいいのかと迷いつつ東京の専門学校に調理を学びに行ったという中居さん。家業の会社から声を掛けられ入社した時には軽い気持ちだったというが、役職も与えられ期待される中、果たして自分は何が出来るのか悩んだそうで、「その時を振り返るには考えの整理がまだ出来ていなくて・・・」と収録後に話されていた。録音の緊張がほぐれた後で一言、「ずっと中途半端な自分を感じていた。管理栄養士としてのキャリアもまだまだだっただけに、その時関わった官庁食堂を“ただの食堂”と言われたくないと思ったし、新しく手掛けたお店も今の力を試そうと覚悟して始めました」とのこと。
 20代の頃のヒリヒリした気持ちを思い出す。今やっていることが進んでいるのか後退しているのか、自分は今どこにいるのか、置いている“点”は“線”で繋がっているのかバラバラなままなのか、焦りや“空回り”のためにわからなくなることは何かに取り組んだことのある人なら例外なく経験している。でも、例えば、誰かの健康や気持ちを大事にしながら食事を作るという中居さんのような仕事は、必ず目の前に喜んでくれる人がいる。その現実の人に支えられる。そういう、与えながら何かをいただく仕事だ。果てしないひとつひとつの積み重ねを繰り返す中で、自分自身の中途半端さという心の隙間は少しずつ埋まっていくのだろうなと感じた。

 原田マハの『まぐだら屋のマリア』(幻冬舎文庫)は、その奇妙なタイトルからは全く想像出来ない“食”の物語だ。負の体験や感情と向き合う様々な事情を抱えた人達が食べることを通じて連帯し、助け合い、乗り越えていく。絶望とともに最果ての地に流れてきた板前見習の青年は、辿り着いた食堂「まぐだら屋」で女主人から差し出された温かい煮魚とほくほくとしたご飯で生きる希望を思い出し、自身もその不思議な食堂で働くことになる。鰹出汁のふくいくとした香り、刺身定食にさりげなく添えられる紅葉、お手製凍み大根の煮物、心尽くしの料理の一品一品・・・単なる“栄養のためだけの食べ物”ではないそれらが人を再生し、人と人の間を優しいものにしていく。
 江南亜美子さんの解説にこんな一文があった。
 「幸福なときも、苦境にあるときも、食べることとは、生きることの基本の「き」となる。であるならば、料理をつくってひとに食べさせるという行為もまた、尊い」
 たまたま、このインタビューを挟んでそんな“ビター”だけれど後口は滋味で満たされる、食と命の物語を読んでいた。生きることの基本の「き」を司る仕事、そして行為。それは、まさしく人の中心を支えるかけがえのないものだと改めて思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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