ほっかいどう元気びと

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2019年6月30日のゲスト

斉藤 雄大さん
一般社団法人北海道アダプティブスポーツ 代表
斉藤雄大さん

札幌市出身 30歳。
小学4年で野球をはじめ、指導者になりたいと北翔大学に進学。
ゼミで「車椅子野球」の研究を始め、大学院時代にはアメリカで普及していた「車椅子ソフトボール」の存在を知り、シカゴで開かれた大会に日本チームを作り参加。その後、日本車椅子ソフトボール協会を立ち上げ、2015年には日本代表監督に就任。
2017年にアメリカで障がい者スポーツについて学び、現在は「北海道ハイテクノロジー専門学校」の教員として勤めながら、アダプティブスポーツの拠点づくりに取り組んでいる。

村井裕子のインタビュー後記

斉藤雄大さん 『ほっかいどう元気びと』、今回のゲストは、一般社団法人「北海道アダプティブスポーツ」代表の斉藤雄大(ゆうた)さん 30歳。障がいを持っていても様々な種目のスポーツを楽しめる環境作りを進めパラスポーツの拠点を作りたいとの理念でこの春3月に組織を立ち上げ、小さな子供から参加できるスポーツ教室開設などの準備を目下進めているという。自身は野球少年だったという斉藤さんが障がい者スポーツに力を注ぐようになったその思いを伺った。

 「アダプティブ(adaptive)」という英語はまだまだ聞きなれない言葉だが、斉藤さんによると、「英語で“適応”という意味。欧米でも以前は障がいを表す用語として“ディスエイブルド(disabled)”などの否定の表現を使っていたが、“○○出来ない”のではなく、それぞれの力を様々なことに適応させるという言葉に変わってきた」とのこと。団体の名前に付けたのも、障がいを持っていてもいろいろなことにチャレンジ出来るという前向きな意識を広めていきたかったから。活動で最も重点を置くのは、一つのクラブに一種類だけではなく、何種類ものスポーツを体験してもらうことだそうで、現状は障がい者のためのサッカーや車椅子バスケットボールなど種目別で取り組むことが多いが、何が自分に合っているのかを子供の頃から試せるように沢山の種目を経験してもらい、さらには大会に参加したい選手のバックアップにも力を注ぎたいという。
 元々は野球の指導者をめざしてスポーツを学べる北翔大学に進んだという斉藤さん。ゼミで車椅子野球の研究を始めてから障がい者スポーツの奥深さに気づき、アメリカで車椅子ソフトボール競技が行われていることを知ってからは日本に取り入れるための働きかけや、チーム作り、さらには専門的な学びを進めてきたのだそうだ。

斉藤雄大さん 斉藤さんが目指すのは、スポーツを通して何をするのかをそれぞれが考えることが出来る社会作り。「スポーツを通してスポーツ以外のことが豊かになる。(競技で)結果を出す以上の価値があると僕には見える」と言い、2020年のパラリンピックが何か大きな社会の意識変化のきかっけになればいいと続ける。スポーツをきっかけにしてひとりひとりが次なる自分の目標を見い出すことが出来れば、やりがいを見つけることも出来、その力が集まってやがて社会がより良くなっていく。障がいを持っていてもスポーツをきっかけにして何らかの役割を担ってほしい、それが出来る場を増やしていきたいという思いだ。
 幼い子供達にもそういう場を提供していきたいと収録後にも力を込めていたが、これから世に出て行く子供達に「君達はひとりひとり何らかの役割で社会をリードすることが出来るんだよ」という思いをスポーツを通して伝えたいのだという。
 そして、もうひとつ、斉藤さんが叶えたいのは、障がい者スポーツを健常者も一緒に体験し、共に関わる日常を浸透させること。斉藤さん自身、パラスポーツを体験して初めてその難しさも面白さも実感出来たと言い、パラ競技を始めたことでかつてチームスポーツである野球部の一員だった時よりも「自分は誰かのためになっている、誰かの役に立っている」という役割も実感したと話す。ひとりひとりが何かのきっかけで役割を果たすことが出来る。それを気づいてもらいたいという思いが真っ直ぐに伝わってくる。
 人はより良い自分を作っていくためにいくつもの“気づき”を重ねていくことが欠かせないが、そのために大事なことはやはり“体験してみる”ということなのだろう。斉藤さん自身がこの活動を通して人とのコミュニケーションのあり方という基本的な気づきを得たことも大きかったという。いわゆる、自分と相手の違いを認めるということがコミュニケーションでは大事なことだが、日々の中では案外忘れがち。「なぜ自分の思いは伝わらないのか?」「なぜこんなに自分は頑張っているのに、この人は頑張らないのだろう?」などと自分の考えにとらわれてしまうことがあるが、障がいを持つ人達と関わる中で、まずは“違いを前提にしてコミュニケーションをとる”という基本を踏まえられるようになったのだと話す。相手が持っている自分との違いを理解して対応するという、人間関係において最も大事だけれど忘れがちな智恵。健常者同士、近しい人同士であってもその基本を踏まえれば関係性はもっと尊重し合うものになっていくはずです、と。

 ここのところの“社会”は、表面上の平穏は保たれているものの、生きていく上で何かしらの息苦しさを抱えている。あらゆるところの差別の根っこはまだまだ解消されていないし、“不寛容”というキーワードも現代の社会を表す言葉になっている。大きく変えていくことは一朝一夕には難しいが、自分の半径数メートルから少しずつ変えていくことは出来るだろう。ひとりひとりの違いを認め合い、尊重し合い、そして、斉藤さんの言うように、ひとりひとりが自分にとっての“適応”を求め、それを互いにサポートし合うという足元の意識変革。それは、“誰かのために役立っている自分”を喜びと共に実感することでもある。そんな小さな意識があらゆる場面で浸透し、共有されていけば、確実に“社会”全体は変わっていくのだろうと思う。
 すべての人にチャンスをと願う斉藤さんの語る北海道のパラスポーツへの夢を聞かせていただきながら、そんなことを感じた。

(インタビュー後記 村井裕子)

※「北海道アダプティブスポーツ」の新チームが参加する「全日本車椅子ソフトボール選手権大会」が7月6日、7日に千歳市で開催されます。選手が全力疾走するところを是非視て欲しいと斉藤さん。会場は千歳アウトレットモール・レラの駐車場。お近くの方は是非観戦にお出掛けください。

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