ほっかいどう元気びと

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2019年6月16日のゲスト

横山 瞬也さん
学習支援ボランティア団体「ゆずりは」スタッフ/
北海道教育大学旭川校4年生
横山瞬也さん

上ノ国町出身 21歳。
中学時代の担任の影響で教師をめざし、江差高校を卒業後、北海道教育大学旭川校に入学。
同じゼミの先輩に誘われ見学に行ったことをきっかけに学習支援ボランティア団体「ゆずりは」に参加。
2年生の時には代表を務め、4年生になった現在はスタッフとして子どもたちの学習サポートをしている。

村井裕子のインタビュー後記

横山瞬也さん 旭川で活動する学習支援ボランティア団体がある。北海道教育大学旭川校の学生達によって2012年から運営されている「ゆずりは」というサークルだ。毎週土曜日の夜に市内北星地区センターの一室を借り、小学生から高校生までの子供達を自由に迎え入れているという。子供達は参加費100円を支払い、個々の教材をそれぞれに持ち寄って学習。分からないところはボランティアの学生達と一緒に解くことが出来るという。立ち上げ当時からの理念は「学ばんとする者皆学べる世の中へ」。子供達の学習支援に取り組むその学生達の思いはどのようなものなのだろう。今回の『ほっかいどう元気びと』でスタッフのひとりである4年生の横山瞬也さん(21歳)にお話を伺った。

 「ゆずりは」という団体名に込められているのは、“知識を次の世代に譲りたい”という思い。立ち上げから7年、大学のサークルとして先輩から後輩へと受け継がれ、代表は2年生が務めるとのこと。横山さんも2年前に代表の大役を担い、今現在は後輩に運営を任せながら、教職試験への準備の合間を縫って参加をしているという。
 学生達は純粋なボランティアで、まさに有志としての参加。横山さんは同じゼミの先輩に誘われ見学に行ったことがきっかけだったというが、こんなふうにバトンが渡されるように続いてきたのはなぜかと訊くと、「教育大なので学生達は子供が好きで、教師への憧れが強い。それと、子供達の学びたい気持ちがあるから」と横山さん。100円を例えばお菓子などではなく勉強のために使おうとする子供の気持ちに責任を持って応えなくてはと思っていると言う。学生達の子供への関わりとしては分からないところを教えたり、或いは一緒に考えたりしているとのことだが、横山さん自身が最も大事にしているのは、「一方的に教えるのではなく、“なんでこうなると思う?”と質問して、子供に考えを促すこと」。問題が解けた瞬間の子供達のキラキラとした顔を見るのが何より嬉しいと話す。
 そして、“学習支援”の意味合いは勿論勉強のサポートには違いないが、「子供達にとって年上の大学生と関わることも貴重であり、さらには、“ここに居ていいんだ”と安心出来る居場所にもしてほしい」とのこと。子供達にとって、家庭、学校の他に第三の場所があり、そこで自由に勉強が出来るということは今の時代とても大切なことに違いない。そして、同時に、先生を目指す学生達にとってもそこは子供と向き合える実践の学びの場であるという、双方にとって何かを得られる場なのだそうだ。「子供達の自由な発想力を僕たちが貰うことも多いです」と笑う21歳横山さんの話を聞きながら、立ち上げた人の思いに賛同して継続のバトンを繋いできた多くの学生達の真面目さと優しさを感じさせていただいた。

横山瞬也さん 学習支援を代々受け渡されるという仕組みが素晴らしいと思い、収録後、さらに、横山さんは先輩から何を伝えてもらったのかと訊いてみる。横山さんは、自分の一代前の代表を例に挙げ、「言葉で何かを伝えられたわけではなく、その運営への姿勢を見せてもらえたことが大きかった」と言う。その先輩はアンケートを取り入れるなどして子供達から希望や意見を聞く仕組み作りに力を注いでいたそうで、とにかく“子供のことを一番に考える”という大事なことを行動で見せてくれたことが一番の学びになったのだそうだ。それを受け継いだ横山さん自身が最も気を配ったことは、「“誉める”ということ。前向きな言葉を掛けてあげること」。例えば、答えを間違っても、「間違うことは当たり前。そこまで考えられたことがすごいこと。その、“考える姿勢”を誉めてあげたい」と話す。
 横山さんは中学校の数学の先生を目指しているとのことだが、大学で数学を学ぶ中で“間違う”ということを何度も味わい、そこからの気づきが大きかったという。数式の証明のためには間違えることを繰り返さなくてはならない。間違いから学ぶことが沢山あったのだそうで、その経験から“考えること自体がすごいこと”という思いが鍛えられたのだという。
 「なんだか今日は沢山話しすぎました」と、帰り際に照れながら話していたが、自分が学びによってどう変わっていったのかという心情や理想の先生像を気さくに語る姿勢がとても頼もしく、その理想を社会で存分に果たす日々が実現しますようにとエールの気持ちで見送った。

 最近、子供達が犠牲になったり、辛い思いを強いられたりするような事件が少なくなく、どうにか出来ないかと心が痛む。さらに、子供時代や若い頃に挫折したり、何かが上手く行かなかったりした人達が社会に出ていけないという現状にも言葉を失う。解決策は一筋縄ではいかないだろうし、背景が全く違うひとりひとりを支えられるような幾通りもの方策を編み出していかなければならないことなのだと思うが、家族や先生は勿論のこと、それ以外の誰か第三者でも、「大丈夫だよ」と声を掛けてあげられる人、「君にはいいところがあるよ」と心を支えてあげられる人、「一緒に考えよう」と伴走してくれる人がひとりでもいてくれたら、この生きにくいとされる社会の中でも何かが変わるのではないかと思う。信じられる、信じてもらえているという支え合いは必ず力を引き出し合う。そんなことですべての心の置き所が変わるかどうかは分からない。それでも“言葉を掛ける”ということが人の中の希望に繋がると信じていたいと思う。先生を目指している横山さんの、「そこまで考えられたことがすごいことだよ」と言葉を掛けてあげたいという言葉を聞いて、そんなことを感じた。
 身近な周りの子供達、いや、子供だけではなくて大人だって、存在を承認されたり励まされたりしたらどんなに今以上の生きる力が出るだろう。その人のしていることが“いいな”と思った時に言葉に出して伝えるということをもっともっと皆がやっていけたら、少しずつ優しい社会になっていくのではないかとしみじみ思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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