ほっかいどう元気びと

バックナンバー一覧へ

2019年5月12日のゲスト

帰山 雅秀さん
北海道大学名誉教授/北海道大学 北極域研究センター
帰山雅秀さん

小樽市出身 70歳。
小樽桜陽高校卒業後、北大水産学部水産増殖学科へ進学。
在学中、道南・遊楽部川(ゆうらっぷがわ)の生態系を調べるアルバイトでサクラマスに出会い、その美しさに魅了され、サケの生態学研究の道へ進む。
その価値を多角的に追究すべく「サケ学」という新ジャンルを切り開き、2018年秋、長年の研究成果をまとめ著書「サケ学への誘い(いざない)」を出版した。

村井裕子のインタビュー後記

帰山雅秀さん 『ほっかいどう元気びと』、今回のゲストは生態学をベースに50年に渡ってサケ類の研究を続けている北海道大学名誉教授の帰山雅秀さん 70歳。昨年には、その長年の研究成果をまとめた本『サケ学への誘(いざな)い』(北海道大学出版会)が刊行されている。北海道の食卓には欠かせないものであり、同時に観光の大事な目玉でもあるサケ。“生態学”という視点からどんなことが見えるのか、そこから知るべきことは何なのかを伺った。

 “ご飯よりイクラの方が多いようないくら丼には違和感があります”
 『サケ学への誘い』の「はじめに」の冒頭、こんな一文にハッとさせられる。山盛りのいくら丼に対して「なんと贅沢な・・・」とは思っても、「違和感」という腑に落ちなさを感じたことは無い。その違和感はどういうものなのだろう。「学術書」を資料として読まなければとやや気負いながら頁を開いたが、「いくら丼」が“フック”となって、興味津々、「サケ学」の世界に誘(いざな)われていく。
  “いくら丼には少なく見積もっても100gのイクラがご飯の上に乗っています。数にすると、380粒ぐらいです。いうまでもありませんが、イクラはシロザケの卵です。それらが受精して孵化し、稚魚となり浮上して降海すると、数年後には7尾以上の親となり帰ってきます”・・・(「はじめに」から引用)
 つまり、いくら丼を1つ食べるということはシロザケ7尾食べてしまうことと同じなのだと著者の帰山さんは説き、“生命の源であるイクラをこのように安価に大量に消費してよいのだろうかと常日ごろより感じています”と続ける。研究の立ち位置は、食料や観光資源といった産業におけるサケへの視点も大事にしながら、“生態学”から見た時に「私達がサケ類から受けている恩恵、またサケ類に及ぼしている影響について考えてほしい」という思いが込められていることが分かる。いわば、いくら丼から想像する生態系であり、その一粒から考える地球・・・といった視点だ。
 時間が限られているインタビュー。まずは、その半世紀の研究で深めた「サケ学」から提唱したいことは何かと伺う。帰山さんの表現は、「サケの生きざまを見ていると、すごく元気を貰う。感動する。それを皆さんにも知って貰いたい」。そして、「サケが帰ってきて産卵することが、大げさな言い方をすると、地球を守っていることにも繋がっている。それを知っていただきたい」と。そして、地球温暖化など環境が変わっていく中で、今後はこれまでのように当たり前に大量にサケが見られるかどうかというのは少し厳しいということが様々な研究で見えてきており、そのためにも保存管理や持続的利用を支える研究を進めることが欠かせないという。(折しも今年は、“人とサーモンの未来”にまつわる課題の克服に向けた取り組みを国際的な協調で推進する「国際サーモン年」。各所の会議に帰山さんも参加をするのだと収録後に話されていた)

帰山雅秀さん サケと地球は繋がっている。そして、勿論、人も。生態学からの視点というのはそういうことだとすれば、一般の私達は今後のためにどんな視点を持てばいいのだろう。帰山さんはいくつかのポイントを挙げてくれる。
 「サケは一生を終えても尚その体が他の命を生かす役割をする。陸の豊かな生態系を守ってくれているということをまず知ってほしい。そして、サケが産卵出来る河川が非常に少なくなっている現状をどのように復活させるかという課題があることを知ってほしい」と。
 いくら丼をこれからも美味しく食べたいのなら川のことも考えましょうよということだ。すべては繋がっている。「それが結果的に私達の豊かな生活を支えていくことにもなっていく」と帰山さん。さらに、産業的な意味から人工孵化放流事業のこれまでの成果やその取り組みの重要さにも触れつつ、その上で、やはり野生のサケを守り、そのための産卵の出来る河川を守っていく大切さも強調されていた。今後の地球温暖化のような環境変化に対して自然産卵した野生魚の方が適応力が強いだろうと見なされているからなのだそうだ。
 生態系からの視点と産業からの視点、どちらも大事でありつつせめぎ合うものだが、最近よく耳にする「SDGs(持続可能な開発目標)」の考え方にある“経済・社会・環境の統合的向上”といったものさしを当ててみると、「サケ学」が投げかける課題の解決は他の課題を解くヒントにも繋がっていくのではと思えてくる。まずは、一粒のイクラを美味しく味わいながらも、彼らが帰って来られる川について考えること。今がよければそれでいいという感覚ではなく、将来のために今を見るという視点を持つということなのだろう。

 何かを一心に研究している人は、なぜそれを選んだのだろうといつも興味深く思う。帰山さんはなぜサケを? その問いの答えは、「とても美しかったから」。学生の頃、道南の遊楽部川で生態系を調べるアルバイトで初めてサクラマスに出会った時の印象が鮮やかだったのだそうだ。「美しい」という動機で始める研究・・・何だかとても素敵だ。情緒から始まり、科学として深めていくということは、なにか文学的でもあり、きっと一生をかけて知りたいという思いになっていくのだろう。
 そして、生態を研究するうちに「生き方への興味」を深めていったという帰山さんの「サケ観」はとても魅力的。ホッチャレと称される“役に立たない”産卵後のサケがいかに自然界の連鎖を担っているかということは勿論、サケの進化の過程を見ると、仲間外れのようにして淡水を追い出されたサケが海に降り、数年後、残ったサケよりも大型になって帰ってきて沢山卵を産むという、その“負けるが勝ち”の落ちこぼれ戦略がとても魅力的・・・という話などなど、サケの“生きざま”はだから面白いというその一端を感じさせていただいた。

 これから益々大事になっていくのは、ものの見方だ。帰山さんは、大学で「グローバルリーダー」を育てるための講義も受け持つことがあるのだそうだが、その「グローバル」の「グローブ」というのは「地球」のことであり、地球を知らずに本当のリーダーにはなれないんだよとサケ学から知る地球環境の話をしていると収録後に話されていた。長年の研究を通して若い人達に、「そんな“気持ち”を伝えていきたいんです」と。
 そういう気概ある“気持ちの伝播”にラジオが役立ちたいと思う。元号が変わり、新しい時代の幕開けムード一色になっている中で、さらに“その次”の時代のために今何が出来るのかを考える、そんな“気持ち”が少しずつ広まっていくように。

(インタビュー後記 村井裕子)

ほっかいどう元気びとTOPへ▲UP