ほっかいどう元気びと

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2019年4月14日のゲスト

半谷 美都紀さん
洋菓子店『べんべや』チーフパティシエール
半谷美都紀さん

千歳市出身 25歳。
お菓子作りが得意だった母親の影響を受け、恵庭北高校を卒業後、札幌ベルエポック製菓調理専門学校に進学。
5年前に札幌市手稲区の洋菓子店『べんべや』に就職し、パティシエとして働きながらこれまでにも数々のコンテストで入賞。
2018年6月に行われた「北海道洋菓子作品コンテスト」では4度目の挑戦で最高賞である北海道知事賞を受賞した。

村井裕子のインタビュー後記

半谷美都紀さん 選んだ仕事を自分のものにして継続出来るか、途中で辞めてしまうのか・・・その分かれ目というのはどこにあるのだろう。仕事には技術や技能の習得が有りか無しかも含めていろいろなケースがあるし、別の道の方が実は自分には合っていたということもあるだろうから一概にひとつの仕事を続けることの是非は語れないが、様々な取り組みの方々にインタビューしていると、“続ける”という背景に何らかの“法則”が見えてきてとても興味深いものがある。
 『ほっかいどう元気びと』、今回のゲストは札幌市手稲区の洋菓子店「べんべや」のチーフパティシエール 半谷美都紀(はんがいみづき)さん 25歳。製菓調理の専門学校で2年間基礎を学び、就職して丸5年というから“まだまだこれから”の可能性を十分に秘めた洋菓子業界期待の人材だが、お話を訊いていくと、この仕事を長く続けていくために今何が出来るかを考え、それをどう次に受け渡していけるかを模索している、まさに進行形の人。話すのは苦手と緊張されていたが、お菓子作りに奮闘する若き職人の仕事への向き合い方をじっくり言葉にして貰った。

 半谷さんは、昨年の北海道洋菓子作品コンテストで北海道知事賞を受賞している。4度目の挑戦でようやく勝ち得た最高賞。この受賞への道のりが半谷さんにプロとしての自信はもちろん沢山の経験則をもたらし、次の段階へのきっかけ作りに繋がったのだろうということが静かな話し方ながらも伝わってくる。出品作の飴細工は、洋菓子職人の中でもその技を追求する人が減ってきている分野だそうで、半谷さんは専門学校時代に教わって以来腕を磨き、就職してからは周りに飴細工を極める“師”がいないため、学生の頃の先生やその道のプロの人達を訪ねてさらなる技を身に付けていったとのこと。「欲があるんです。そういうことに関しては」と小さな声でポツリと強い意志を言葉にする。飴細工の難しさは、頭でデザインしたイメージを形にしていくこと。ひとつひとつのバランスがとても重要だそうで、その方法を貪欲に訊きに行き、受賞まで至らなかった時の“この位でいいかと妥協してしまった”反省点を生かして改心の作に仕上げたという。
 パティシエの丸5年のキャリアというのは、後輩たちの指導も大事な仕事なのだそうで、半谷さんはその培った技を次に続く人達にも伝えていきたいのだと力を込める。「この業界は厳しいところもあります。忙しいし、朝が早い」と話すように、スイーツなどを作る楽しさの裏では志しながらも辞めていく人も少なくないという現状の中、洋菓子業界を牽引する人達は横の繋がりを作り、切磋琢磨出来る機会を工夫してくれているとのこと。半谷さんは、そういう同業同志が集まる場で刺激を貰うことや、人の意見をどんどん聞いて工夫に繋げ、コンテストなどに挑戦して自信を付けることが続ける力にもなると話し、自分はまだまだと尻込みしている後輩には、「一歩を踏み出して自分の中の引き出しを出してほしいと伝えたい」と続ける。何より、自分自身も踏み出す勇気を持つのは簡単ではなかったが、周りの人達に背中を押されて挑戦しているうちに結果に繋がったという。
 培った経験則ひとつひとつを土台にして“一生もの”の仕事にしていくためには、“その一歩”をどう踏み出すのか。そこが分かれ道になるということを、半谷さんは賞を獲得するという経験、そして、何よりそこを目指して行くために積み重ねた経験で確信したのだろう。“たかが賞”ではない、まさに“されど賞”だ。そして、その確信をどう次の人達に伝えるかが自分自身の仕事のステップにも繋がっていくのだと気づいている。「日々心掛けていることは、仕事に対して後輩達が不安にならないように職場の環境を良くすること。皆がやりやすい雰囲気を率先して作っていきたい」と話す言葉に表れていた。

半谷美都紀さん 経験を伝え、技術を伝授することはどの世界でも大事なことだが、それはどの世界でも難しく、技術を習得するのとはまた違った工夫が必要だ。収録後の雑談の中での半谷さん。後輩達に経験を伝えたい、培ったものを教えてあげたい、コンテストにもどんどんチャレンジしてほしい・・・でも、自分のやり方を押し付けるのは違う。・・・でも、踏み出さないと始まらないよと伝えたい。「仕事がつまらない」にならないために今やっておくことがあるよと気づいてもらいたい・・・。そんな思いがぽつりぽつりと言葉になる。
 パティシエール歴5年。自分のことばかりで悩む時期は過ぎ、キャリアを重ねる過程で向き合わざるを得ない葛藤や悩みも進行形なのだろう。そういう仕事や人への誠実さは経験とも相まって、作るケーキにもにじみ出るのだろうなと思いながら、さらに沢山の段階を経た10年後、20年後の仕事を是非見てみたいと頼もしく感じたのだった。

 人の細胞というものは、これと決めたことを飽かずに繰り返し鍛錬することで、何らかが確実に変異変容していき、ある意味、負荷をかけ続けることでしか起動できない何らかが細胞レベルで作られていくのではないかという気がしている。だから、これと決めたら、まずは続けてみる。つまらないとか面白いとか関係無しに、繰り返す。そのうちに身体が、細胞が、その“仕様”になる。「継続するのも才能だ」という言葉があるように、そんなふうに“血肉が作られる”まで続けることが出来るというのは立派な才能なのだろう。
 よく、「相手のまわしの取るべきところが光るのがわかった」お相撲さんとか、「ボールが止まって見えた」バッターとか、「ボールの投げるラインが光って見えた」ピッチャーとか、「パットの芝のラインが真っ直ぐ光って見えた」ゴルファーとか、見えないはずのものが見えるプロフェッショナルの言葉を耳にすることがある。これもきっと、細胞レベルまで鍛練や稽古を重ねることでそういう“ゾーン”に到達出来るという喩えの一種なのかもしれない。
 何事も、継続させることから何かが始まる。ひとつひとつを繰り返し積み重ねることが、結果、振り返って道のりとなり、心の目で何かが見えるようになる。インタビューだって40年も経験していれば相手の“引き出し”の中の言葉が光って見え、この後記も毎週書いているとワードの白紙に文字が集まってくる・・・なんてことは無く、未だにせっせと準備して手に汗を握りながらインタビューに臨み、ウンウン唸りながらの文章修行の連続ではある。光が見えるどころか、まるで「暗闇を手探りで往く」繰り返し。それでも尚続けられるのは、そんなふうに、例えば「ロープウエイではなく、山道を自力で登る」といったような、“負荷も面白味も両方味わうことで必ずどこかに辿り着ける”という仕事の醍醐味を実感することが細胞レベルで好きになったのだと思う。
 「これくらいでいいと妥協したらいいものは出来ない」という意志の言葉を呟く若き職人に共感しながら、さて、後記を書くという私の山道。文章を仕上げるという尾根の複雑さに行きつ戻りつして推(お)したり敲(たた)いたりを繰り返す中、気持ちに寄り添う言葉を拾っていくこの上ない幸せを噛みしめながら、今回も悶え苦しむ楽しい作業を終えた。

(インタビュー後記 村井裕子)

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