ほっかいどう元気びと

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2019年3月24日のゲスト

田畑 真紀さん
駒澤大学附属苫小牧高等学校
スピードスケート部監督/スピードスケート選手
田畑真紀さん

むかわ町出身 44歳。
小学1年生からスピードスケートをはじめ、駒大苫小牧高校卒業後、富士急に所属。1994年のリレハンメルオリンピックをはじめ5度のオリンピックに出場し、バンクーバーオリンピックでは女子チームパシュートで銀メダルを獲得した。
去年2018年に、母校の駒大苫小牧高校 スピードスケート部監督に就任し、プレーイングコーチとして、監督を務めながら現役を続行。22年の北京オリンピックに向け、後進の育成と自らの競技活動に力を注いでいる。

村井裕子のインタビュー後記

田畑真紀さん 『ほっかいどう元気びと』お客様は、駒大苫小牧高校で昨春からスピードスケート部の監督として生徒達の指導に力を注ぐ田畑真紀さん 44歳。むかわ町生まれのどさんこ選手である田畑さんの活躍は、2010年バンクーバーオリンピック女子団体パシュート銀メダルを始めとして道民にとってはすっかりおなじみ。さらなる高みを目指して現役を続けつつ後進の指導にも関わるという日々にどんな思いを込めているのか、お話を伺った。
 スポーツを観戦する時、私はその選手の精神力の強さや他選手に対して一瞬見せる尊敬の念、その人間性にとても惹かれる。どんな日々を積み重ねてきたのかを想像するのが好きで、特に、同性である女性選手、記憶に新しい平昌ではそれらの要素を余すところなく発揮していたスピードスケートのハンサムウーマン達に大いにしびれた。
 初めましての田畑さんは、ごくごく普通の佇まいの中に一本の強い芯を感じさせる人。それでいて、話し始めるとその“引き出し”の中から沢山の思いが気負いもてらいもない素直な言葉となり、ふと、前から親しくさせていただいているような嬉しい錯覚も。やはり、この人も“何かを成し遂げようと我が道を進む”ハンサムウーマン。自分を追い込みその先を見据える人はやはり人として格好いいなぁと思いながらお話を進めていった。

 これまで自分自身のスケート道を一心に追い求めてきた田畑さんが母校である駒大苫小牧高校のスケート部監督を引き受けたのは、優勝からしばらく遠ざかっている部を何とか強くしたかったからという理由がひとつにはあるというが、そのために選手一人一人の力を見極めてトレーニングメニューを組み立てたり、一緒に練習しながら目配りをしたりすることで、これまでの自分自身のやり方が修正され、かえって集中力が増すなど、自分にとってのプラス面も沢山あったと嬉しい発見も教えてくれる。自分のことばかりに集中しているとストイックすぎるきらいがあり、そこまで追い込まなくてもいい新しいやり方を見いだすこともできたのだ、と。
 さらに、現役と監督を両立させる意味について、自分にはまだまだスケートで追求したいことがある。それは、技術と道具の最適な一致点を見つけること。それにより自己ベストはまだまだ伸ばせる。体力気力だけではなく、またフォームだけでもなく、“基本的な体の使い方がちゃんとスケーティングに生かされているか”を見つけていくことが大事。そういう総合的な精度を上げることに関して自分はまだ正解を見つけていないので、答えを探し当てるまではやめられない。また、その感覚を磨ければ後進にもきちんと手渡せると思うと、自分自身の“引き出し”を整理するように言葉を並べていく。
 技術、道具、体力、気力・・・そのすべてを研ぎ澄まし、自分の中での僅かな誤差を調整するスポーツ、スピードスケート。職人のようでもあるし、また、修行僧のようでもある。辛い練習を重ねられる秘訣は、「どんな選手になりたいか、何を目指すのか、どういう人になりたいのか」という高い目標をイメージすることだとも話す。過酷なレースに挑みゴールした瞬間、後光が差す(ように見える)のは、それらを一瞬で見せられるからなのかもしれないと、トップアスリート達に“しびれる”理由が腑に落ちる。
 田畑さんは、「私自身、体力は落ちていないので・・・」と話されていて(さらっと口にしていたが、44歳、そう言ってしまえることが凄い)、地道にベースづくりや技術を磨く練習を重ねて身につけた経験則を伝えながら、新たな学びも得て、さらなるスケート道を邁進していかれるのだろうと頼もしく感じさせていただいた。
 今日は気持ちよく話せました、話し過ぎてしまいましたと、収録の感想を終了後すぐに言葉にしてくれたが、その後も、今試みている指導の仕方、個別の力の引き出し方、経験を言葉にして伝える難しさ・・・などなど、生徒達への向き合い方について尽きない話が続き、私にとっても“経験則を受け渡す”ということを再確認するモチベーションアップのひとときだった。

田畑真紀さん 経験を後進に伝えるということは、自分自身が大切に積み重ねてきた“引き出し”の再整理・再構築をするということだ。ぎっしりと積んできた経験則を一旦“引き出し”の外に出す。ゴチャゴチャしたままだと、自分でも何がなんだかわからないし、提示された相手もまごつく。だから、そこから何を抽出し、どう見せるかの実践整理が必要になり、実はこの“伝えるため”の整理こそが自分にとってとても役に立つ。何をやってきて、何が身に付き、そこから何を残し、何を捨てるか・・・という経験則の“断捨離”。そして、より分かりやすく相手に理解してもらうための見せ方(伝え方)。この自分自身でインプットしてきたことをアウトプットすることが次の自分を形づくる力にもなる。
 田畑さんの気づき。生徒達を見る時間を大切にすることで、自分が使える時間の使い方が上手くなり、集中力が増し、ある部分ではそこまで追い込む必要はなかったというこれまでを振り返られたというのは、田畑さんの長年の“引き出し”が監督という役割により再整理されたことに他ならない。そして、この人を伸ばしてやりたいと向き合う時に、相手によって“引き出し”が開けられるということが確かにある。指導をすることで引き出され再生産される自分自身の可能性。田畑さんは、大勢の前で心構えなどを話すのは苦手だが、一対一で向き合うと「こうしたらいい」という言葉が湧くように出てくる、それが相手を伸ばす結果に繋がった時が最高の喜びですと雑談の中でさらに話されていたが、経験則の“引き出し”はそうやって人に向き合うことで惜しみなく開かれ、それがまた双方の触発に確実に繋がっていくのだろう。

 アスリートに限らず、何かを極めようとする人は遥か先の“なりたい自分”に向かって精進を重ねるが、その経験こそ宝だ。内側に仕舞っておくのではなく、その経験という宝を受け渡すことでさらに宝は収斂され、進化していく。すべての経験則は、そうやって、人から人へとループのように受け継がれていって初めて意味をなすものなのかもしれないと改めて思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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