ほっかいどう元気びと

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2019年1月27日のゲスト

黒羽 じゅんさん
染付作家/「黒羽陶工房」主宰
黒羽じゅんさん

札幌市出身 48歳。
武蔵野美術大学・工芸工業デザイン学科 陶磁コースを卒業。
京都の清水焼、長崎の波佐見焼の窯元で経験を積んだ後、1999年に札幌に戻り「黒羽陶工房」を立上げる。
現在は個展や展示会などで道内外にファンを持ち、また代表作のうさぎをモチーフにした染付磁器「札幌を楽しむための器シリーズ」は「札幌スタイル」に認証されている。

村井裕子のインタビュー後記

 人生に迷いや悩みを感じたら本を読め・・・とは、多くの人が言っていることだ。特に「伝記」は人がどうやって志を立て、どんなやり方をし、逆境の時にどんな方法で乗り越えてきたかのヒントの宝庫。立志伝中の人の来し方を知ることで行動の選択肢を増やすことが出来るし、成功の陰に悩みもあったことを知るだけでも勇気が湧いてくる。例えばエジソン、例えばマリー・キュリー、例えば野口英世の生き方は時代を超えて沢山の触発を与えてくれるが、偉人だけではなく市井の人達の中にもそれはある。仕事を継続させる、暮らしを紡ぐという経験の積み重ねの中から生まれた“前に進むための方法、或いは、法則”のようなもの。さりげない話の中にも見つかるそんな生き方ヒントを今回もこのインタビュー後記で抽出してみようと思う。

黒羽じゅんさん 『ほっかいどう元気びと』1月最後のお客様は、染付作家の「黒羽陶工房」黒羽じゅんさん 48歳。淡い青色の絵が特徴の手描きで染付けされた磁器「札幌を楽しむための器シリーズ」の何点かが「札幌スタイル製品」として認証されている。時計台やテレビ塔、JRタワー、雪まつりの風景の中にうさぎがいるデザイン。私達市民にとってはお馴染みの場所を愛らしいうさぎが訪ね歩くというシリーズで、中には、“ジンギスカンを食べているうさぎ”が描かれたお皿もあり、センスの良さの中にもユーモアが感じられる作風が特徴だ。
 黒羽さんは、美術大学の工芸工業デザイン学科で陶磁を専門に学び、京都の清水焼、長崎の波佐見焼の窯元で経験を積み、当初は「陶芸作家」として器の形を作るところから手掛けていたのだそうだが、土を練り、ろくろを使って作業を続ける中で首を痛め、陶芸作家としてはこの先進めないという岐路に立たされ、やむにやまれずに方向転換したのが素焼きされた磁器に絵を描く「染付作家」という道だったのだという。
 身体が悲鳴をあげて、好きなことやそれまでやってきたことが出来なくなるというターニングポイントで、人はどんな考え方をすればいいのだろう。黒羽さんは、先行きを思い悩む数か月の中で真剣に自分と向き合ったのだという。自分が積み上げてきたものは何なのか? 本当にしたいことは何なのか? やはり食器を作りたい。一から作るのが無理ならどんな方法がある? 磁器の成形はプロフェッショナルに任せることも出来る。それならば、自分は絵でオリジナルの世界を表現し、さらに磨いていきたい。・・・そして、なぜそこまで食器が好きなのかと振り返った時、黒羽さんは小さい頃からモノや食器に何か特別な愛着の気持ちを持っていて、そこに描かれた絵に当たり前のように話しかける子供だったことを思い出し、やはり、食事をする器をそういう親しまれるものにしたい、人と器が楽しくコミュニケーション出来るような絵を描きたいという思いも再確認出来たのだという。

黒羽じゅんさん 身体が対応出来なくなったことで、“だからこそ、気づいたこと”。「元気びと」でお話くださる方々の中でそういう気づきを教えてくれる人は少なくない。“前に進めない何かがあったからこそ・・・これまでの生き方を見直せた。自分が本当にしたいことが見つかった。本当の自分に気づいた”・・・などなど。黒羽さんは、「自分のやっていることに“思い残し”をしたくない。出来ないなら次に出来ることは何かを探していけばいいのだと気づいて大人になれた」と言い切る。そして、自分にしか出来ない器の世界観への思いを深める転機になったと共に、「人が使うモノを作る」ということはどういうことなのかと考えるようになったのも“方向転換”のたまものだと収録後に語ってくれる。器というのは、自分ではない他人が使うものなのだから、作り手である自分の意見の押しつけではなく、他人の考えを理解出来なければならないと気づき、様々な考え方をわかりたいという気持ちが強くなったとのこと。若い頃は、作りたいものを作るという思いが強かったそうだが、「転機があったことで、器作りには相手を理解する社会性も大事なのだと思うようになりました」と。自分の作品を選んでくれている人がどういう使い方をしているのか、どういうところが気に入って購入してくれたのか、個展や展示会などの折に話を聞かせて貰うことも大切にしていると、ものづくりへの気持ちの変化も嬉しそうに話してくれた。
 一皿一皿、一椀一椀に手描きで絵を入れているという「染付作家」の黒羽さんの思いを改めて聞いていると、きっと器から温かい何かがにじみ出ているのだろうなと感じる。ご飯を美味しく食べてねとか、辛いことがあったみたいだけど一緒だよとか、ひとりの食卓だけど友でいるよとか、今日も元気でいようねとか・・・。そんな、目に見えないものを日々の器から感じ取れたら、当たり前の毎日でも心は幸せで満たされるに違いない。
  そして、モノにも心がある。魂が宿る。モノを大切にする気持ちを忘れなければ偶然を装っていいことがやって来る。検証できないがこれは確かに、ある。そんな“法則”をやはり大事にしたいなぁと改めて思い返すことが出来た。

 おかげさまで、『ほっかいどう元気びと』は400人を超える方々にお話を伺ってきたが、これだけの数の“生き方サンプル”は一体どういう体系化になるのだろうかと年始休みにふと思う。くしくもこの番組のスタートは東日本大震災が起こった2011年の春。“特別な”8年間でひとりひとりが気づいた確かなこともあるだろうし、そもそも人が本来気づかなくてはならない普遍的な真理を再確認する大事な歳月でもあったのではとも思う。
 この8年、人は何を思って、どう自分の暮らしや仕事を形づくってきたか、私自身はどんな想いを積み重ねてきたか・・・毎週、“気づき”の記録として書いてきたこの「インタビュー後記」からそんな分析をしてみたら、共通認識に繋がる“人の中の力”が浮き彫りになり、次の世代に受け渡す考え方のヒントが見つかるのではないだろうか・・・。そんなことを思い立ち、バックナンバーの第1回目・小檜山 博さんの回からプリントアウトして研究ノートを作り、キーワードの分析を始めている。ゲストの言葉、私の想い、引用した本からの言葉。題して、「ほっかいどう元気びとから見えてくる、人の生き方と時代性(仮)」。今で言う「ビッグデータ」作りか。性能のいいコンピューターなら瞬時にキーワードの集約と分析をやってのけるのだろうが、人の頭と手(しかも、だいぶ旧式)で果たしてどこまで出来るのだろう。膨大な作業に怯みそうになるが、きっとひとつひとつを再抽出して文章化していけば新たな何かが見えてくるのではと思いコツコツと取り組んでみている。
 例えば、器の染付作業の一筆一筆の積み重ねで目に見えない何かが醸し出され誰かの心を癒やすように、“人の想い”の集約作業の積み重ねによって何かが醸し出され誰かの心に響くとしたら・・・それはとても幸せなことではないかと思いつつ。

(インタビュー後記 村井裕子)

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