ほっかいどう元気びと

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2019年1月6日のゲスト

瀬川 あやかさん
シンガーソングライター
瀬川あやかさん

富良野市出身 26歳。
2016年にシングル「夢日和」でメジャーデビュー。
午前中は都内の病院で看護師として勤務し、午後はアーティストとして活動する異色の“二刀流” 女性シンガーソングライター。
これまでにシングル4枚、アルバム2枚をリリース。精力的にライブ活動も行っている。

村井裕子のインタビュー後記

 2019年。明けましておめでとうございます。
 この春9年目を迎える『ほっかいどう元気びと』を今年もどうぞよろしくお願いいたします。

瀬川あやかさん 『ほっかいどう元気びと 2019』初のお客さまはシンガーソングライターで現役看護師の瀬川あやかさん 26歳。富良野市で生まれ育ち、小さい頃から歌手と看護師というふたつの夢を育み続けた今、どちらも叶えて多くの人に元気を届けている。どんな思いで両立させているのか、北海道はどんな存在なのか、未来の夢とともに伺った。 
 瀬川さんは現在東京在住で、午前中は都内の病院勤務、午後はシンガーソングライターとしての活動をしている。歌手デビューは2016年。自作の歌を作り続け、シングル曲やアルバムを発表し、全国ライブも勢力的にこなすパワー溢れる日々。どんなふうにして北海道の一地方で未来の夢を育て、「なりたい職業」に就くことが出来たのだろう。そのあたりから訊いてみると、5歳位から「将来の夢は歌手と看護師」と言っていた記憶があると瀬川さん。歌手はなれたらいいなと思いつつ、“田舎で歌手になりたい”と思ってもここじゃ何も出来ないなとその夢は内に秘め、“看護師になる”という夢のほうを言葉に出していたという。それは、“田舎だから・・・”と勝手に思っていたコンプレックスでもあったと。
 高校卒業時も歌手への道はあまりに漠然としているため、なれる方法がはっきりしている看護師を志して東京の大学に入学。資格も得て無事医療従事者として社会に出る準備を着々と進めていたというが、大学時代にスカウトをされて入った事務所にもうひとつの夢を語るうちに、“どちらも叶えるために出来る方法はないか”と考え始め、悩んだ結果がふたつを選択するということだったという。医療と歌手という夢の両立に導いたきっかけのひとつが医療実習での出来事。ある高齢の患者さんが好きだと言った「ソーラン節」を歌ったところ、認知症を患いながらも歌に合わせて自分で起き上がったという。その人の中から元気だった頃の力を引き出した音楽の力。それまで看護師と歌手は“両極端の職業”だと思っていたが、医療の現場で音楽も生かせるのだという再認識に繋がったのだそうだ。“どちらかひとつ”ではなく、“どちらも”手に入れるという選択。幼い頃から心の裡で温め続けた“本当にやりたい好きなこと”が大きく背中を押して道が開かれたのだ。
 まだまだ始まったばかりの道のりだからなのか少し照れくさそうな表情をしながら、「医療者であるアーティスト」という自分自身をこれからどのように発展させていったらいいかを2019年も考えてみたい、そんな“ホスピタリティ”をかたちにしていきたいと、定型の言葉を使うことに躊躇いつつも強い眼差しで話していた。

瀬川あやかさん 歌を作るというのも簡単なことではない。詩や曲は少しずつ書いていたのかを訊いてみると、ピアノは習っていたものの歌を作ったのは歌手になろうと決めてから。詩にする表現も書きためたものではなく等身大の自分の言葉で同世代の人達の背中を押せたらいいなという思いで今の気持ちを書いていると話す。歌を通して伝えたいことは何かを改めて言葉にして貰うと、「自分もわりと落ち込むほう。でも、ちゃんと自分と向き合って、自分の駄目なところを見つめることも大事なこと。駄目な自分、ネガティブな自分を否定せずに認めて、でも気楽に行こうよという気持ちを届けたい。自分の歌で明日の辛さの感じ方が少しでも変わればいいなと思っている」とのこと。
 11月に札幌で行われたライブで私も歌を聴かせていただいたが、その時一番胸に響いたのが、ピアノの弾き語りで歌う『未熟なうた』というバラードだった。ギターを抱えて明るく元気に歌うイメージがある瀬川さんの曲の中では珍しく言葉を噛みしめるように届ける歌。まさに、瀬川さんの等身大の自分を歌ったものなのだろう。<何より好きなうたを歌える今が幸せです/いい傷薬も持っていないし魔法も使えないから 私らしいやり方考えて 誰かの力になりたい・・・>という、歌で誰かの背中を押したいという思いを込めた歌だ。
 この歌詞の中にある<誰かの明日の辛さを少し変えてほしい>という言葉が瀬川さんの伝えたい思いそのものなのだろうと感じたのでインタビューで伝えると、この『未熟なうた』は自分に向けて書いた詩だったと教えてくれる。「自分がこれから迷うこともいっぱいあるだろうけど、初心を忘れないようにと最初は自分のために書いた歌でした」と。
 自分は負けず嫌いで強がりという瀬川さん。とびきりの笑顔で人に元気を届けられるのは、自分の弱さを内に秘めて前に進む強い意志を備えているからなのかもしれない。
 小さい頃、「こんな田舎では叶わないかも」と思っていた“女の子”が夢を実現化させた原動力は何だったのか。その問いへの答えは、「夢を好きでいることと、周りに感謝すること」。“やってみたら無理ではなかった”を実感出来てから故郷に対していい面が沢山見えてきたという。「その頃は故郷を愛していなくてごめんなさい、こんなにいいところが沢山あったのに」と。どんな場所でも悩みはある。大変なことはある。無理しても自分から外に出て、人に会いに行く、人と話をする。そんな中で何倍も豊かな人生を歩めたらいいな・・・という言葉のひとつひとつを聞かせていただきながら、自分の足でしっかり立っている26歳女性の、医療従事者として、アーティストとしての未来を楽しみに見ていきたいと感じた。

 『ほっかいどう元気びと』というのは、ちょっと不思議で、面白い番組だと我ながら思う。シンガーソングライターがゲストでも曲は流れない。どんなシングルを出したのか、アルバムにはどんな曲があるのかなども訊かない。次のライブはどんな構成か・・・などもほぼ話題にしない。「ほっかいどう元気びと」だから、その人の“思い”をひたすら訊く。目の前の取り組みにどんな気持ちで向き合っているのか、壁はどう乗り越えたのか、ターニングポイントをどう力に替えてきたのか・・・とにかく“人の思い”。人の中には何らかの力があるはずで、個々がそれをどう自分で引き出し可能性を探ってきたのか・・・それらを聞きたいからだ。
 瀬川あやかさんという“どさんこ”シンガーソングライターのことを若い人以外で知っている人はまだまだ少ないと思う。私もそのひとりだった。でも今回のインタビュー。瀬川さんの素直な心境が言葉になり、等身大の彼女が表現されていた。真っ直ぐで、負けず嫌いで、今何が大事かをいつも考え、悩みもする中で沢山の気づきを行動に変えていく・・・そんな走り始めたばかりのエネルギッシュな26歳。瀬川あやかというひとりの若い女性の強い芯のようなものがラジオから伝わったのではないかと思っている。
 個々にいろいろな取り組みがあり、そこにはその人独自の思いがある。スポーツの監督もコーチも芸術家も第一次産業従事者も教育者もNPO法人の活動家も何かのチャレンジャーも・・・悩みつつ前に進むすべての人が『ほっかいどう元気びと』でお話を伺いたい対象だ。誰もが“明日の『ほっかいどう元気びと』”のゲスト候補。
 新しい年も、尚も、「あなたは何をしているのか」より、「あなたは、どんな思いでその取り組みをしているのか」に照準を合わせて思いを伺い、人が持つ多種多様な生きるヒントをラジオをお聴きの皆さんに届けていきたいと思いを新たにしている。

(インタビュー後記 村井裕子)

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