ほっかいどう元気びと

バックナンバー一覧へ

2018年12月2日のゲスト

玉川 薫さん
市立小樽文学館 館長・学芸員
玉川薫さん

福井県出身 65歳。
地元の高校を卒業し北海道大学文学部へ進学。
その後東京の医学専門の出版社に1年ほど勤めるが、文学・芸術に関わりたいと大学時代の教授の紹介を受け、1979年から市立小樽文学館の学芸員となる。
貴重な文化的財産を守ると同時に、文学館のイメージを超えたユニークな企画展も話題に。2015年、館長に就任。

村井裕子のインタビュー後記

玉川薫さん 『ほっかいどう元気びと』、今回お話を伺ったのは、市立小樽文学館館長の玉川 薫さん 65歳。ここのところ、各地の文学館は多くの世代の人達に文学に興味を持って貰おうと企画展などに工夫を凝らしているが、小樽文学館もそんな文学館のひとつ。小樽ならではの小林多喜二、伊藤整、石川啄木などゆかりの作家達の資料を丁寧に整理し、オーソドックスに紹介する展示は勿論だが、例えば、去年は小樽出身のミュージシャン・サカナクションの山口一郎さんの愛読書を紹介する企画展や、今年は小樽に足跡を残した文豪達とネットゲーム「文豪とアルケミスト」を連動させた展示を行うなど、斬新な取り組みが注目されている。
 2015年から館長となった学芸員の玉川さんが、小樽文学館にどういう思いを込めているのか、文学の未来にどんな思いを抱いているのか、インタビューした。

 玉川さんの口調はとても静かで、起伏の少ない淡々とした話し方だが、ひとつひとつの話題の展開が一本の糸でするすると布を織っていくよう。興味深く聞いていると、ああそういうことなのだ・・・と、ふいに織り上がった“織物”を見せて貰える感じ。その幾つかの織物が繋がって伝わってきたことは、“文学”への新たな解釈と楽しみ方だ。
 「他の地方の文学館へ行って、知らない作家の生原稿をただ見たいかなと思う」と本音を語る玉川さん。どういう見せ方をすれば文学館を気楽に楽しんで貰えるかということを考えてきたと言い、まずは、ご自身がとても好きというミュージシャン・あがた森魚さんの展覧会とライブを企画したことが発想のひとつの転機になったという体験談がするすると“織られて”いく。その時気づいたのは文学館の建物全体の見せ方。地下倉庫や廊下も“展示スペース”と考えれば可能性も広がるという発見が今に繋がっているとのこと。
 企画展は少ない予算でアイディアを捻り出すのだというが、“山口一郎さんの本箱”企画はツイッターでアイディアを募って寄せられたもの。やってみたらとても面白く、今年開催した『小樽に残した文豪の足跡』展も、ネットゲームと連動させたことで若い女性達が押し掛ける賑わいに驚いたと言い、「どれもこれも、やってみるうちに何か見えてくる、その結果よかったということが多い」と語る。
 そして、「文学というのはとても曖昧なもの。文学・文化と考えてみたらいい」という前館長の言葉からも影響を受け、「それならどんな方面からでもアプローチが出来る」と気づいたことも大きかったそうだ。しかも、「文学・文化的なこととなるといろんな人に繋がっていける。あがたさんのようなミュージシャン、アーティストは勿論、市場の人、喫茶店の人、リサイクルショップの人・・・そういう人達が面白い」との表現に、人が生きていることそのものが“文学”なのかもしれないなぁと私自身の中にも新鮮な気づきが湧き上がる。こうやって、「文学=難しい本を読む」という堅苦しさの“枠”を外してみると、身の回りはなんと沢山の文学的要素に溢れていることか。そんなワクワクを感じる“文学・文化論”だった。

玉川薫さん 収録後に、この時代の“本を読まなくなった現象”をどう思いますかと質問すると、玉川さんの答えは、「僕はあまり心配していません」とのこと。例えば、今、古典を改めて勉強しようとするのは難しいことだけれど、日常の中にポコッと出会う古典もある。そういうものに出会って楽しむということでもいいのではないか。或いは、本は売れなくなっているかもしれないがインターネットというツールを使って“文学的なことを求める”人達もいるわけで、表現というものは時代によっていろいろな道を探しながら、でも、同じような“心”を求めていくのではないか。だから心配はしていません、と。
 文学作品自体を読まなくなっても、作家への興味だったり、その人間関係だったり、様々な興味は人々の中から消えていない。いろんなアプローチ、現代風のツールで“文学・文化”は残るという発想。それを楽しめればいいのだという視点がとても興味深かった。

 私事だが、この11月、古典の日を記念した北海道立文学館の朗読会で、「宇治拾遺物語」「古今著聞集」から芥川龍之介が発想を得たという「地獄変」を朗読した。日常的には読まなければならない本が優先で古典や文豪の作品にまでなかなか手が回らないが、改めて芥川作品や研究者の解説書などを読み、そして朗読作品として向き合ってみると、これが実に面白い発見の連続。音楽を担当してくれたマリンバ奏者の手島慶子さんと練習する数ヶ月は、遙か平安朝まで思いを馳せる異次元のひとときだった。
 「地獄変」は、堀川の大殿様と絵師・良秀の対立の物語。一大エンターテインメントであり、幾つかの謎が謎のままで終わるミステリーでもある。最初に黙読した時には、いやはやなぜこういうむごいことが起こったのかとモヤモヤばかりが残ったが、全体の地の文となる“大殿様に長年仕えた老侍”の語りを声に出してみると俄然物語が立ち上がり、様々な情景や心模様が浮かび上がってくる。そして、何度もああかこうかと読み込んでいくうちに、この“主観的過ぎる語り部”にどういう役回りをさせたいのかという作家の意図が見えてきて、その仕掛けの施され方に改めてこの文豪の凄さを体感する思いだった。
 芥川龍之介は、「芸術の鑑賞は、芸術家自身と鑑賞家との協力である」と記していたという。小説家は読み手の想像力を刺激するような物語を書き、読み手は“自分で真実を見つけなければならない”と。“文学”というと、才能のある書き手とそれを読ませて貰う読者という線引きをしてしまいがちで、そうなると判りにくい作品に対して“私には理解する力がない”と思ってしまうが、「作家と読み手の共同作業」=答えはひとつではなく多義的な解釈も自由なのだと思えば、読み手の想像力は自ずと育つ。明治大正の文豪は、そんなふうにして“読者を育ててもいた”のだと思うとまた面白かった。
 声の表現で物語の世界を作り上げる「朗読」という文学の味わい方は、まさに、「作家×朗読者×聴く人」という三者の“共同作業”だ。玉川さんが言うように、文学は“人の思い”の詰まったもの。本が読まれなくなったと言われるこの時代、作家の思いを同じ時間と空間で共有する朗読という表現手段も文学へのささやかな一助に他ならない。作者と聴く人の間を取り持つ朗読者のひとりとして、その共振によって文学の中にある人の心の機微のようなものが今の時代の混沌にわずかでも一石を投じることになればいいなと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

ほっかいどう元気びとTOPへ▲UP