ほっかいどう元気びと

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2018年11月18日のゲスト

渡邊 和樹さん
「北海道リレーション株式会社」代表取締役/
「北海道ファンマガジン」編集長
渡邊和樹さん

札幌市出身 35歳。
高校卒業後、ホームページの制作会社に就職。プログラム技術を磨く一方で、「北海道ファンマガジン」の前身となる自らのHPで訪れたまちの食や観光地を紹介し始める。
2004年フリーランスとして独立。HP制作を個人で請け負いながら、休日には道内の市町村巡りに費やす日々を送り、2010年に株式会社「北海道リレーション」を設立した。

村井裕子のインタビュー後記

渡邊和樹さん 今回の『ほっかいどう元気びと』は、“北海道を学ぶ、旅する観光メディア”をコンセプトに発信しているWebサイト「北海道ファンマガジン」編集長 渡邊和樹さん 35歳。2001年にスタートして17年、地元の人しか知らないような、より“ディープ”で“ニッチ”な情報を届けることでもっと北海道を好きになって貰いたいというその思いを伺った。
 17年続くこのサイト、始めたのは渡邊さんが18歳の時。この頃は、今で言うSNSもブログも無い時代。個人が簡単に何かを発信することはまだまだ一般的ではなかったが、渡邊さんはインターネットの可能性に惹かれ、自分で工夫しながらいろいろなサイトを立ち上げていたのだという。高校を卒業してホームページの制作会社に勤めながら、運転免許を取って道内あちこちを回ったところ、各地の魅力が豊富にあることに気づき、その新鮮な驚きや面白さをひとつずつWebに載せていったのが始まりなのだそう。
 その面白さや意外な発見というのは、北海道と一口に言っても道南・道央・道北・道東・・・皆文化が違う。実際に足を運び、人に会ってみると、その違いがよくわかり、北海道の観光の“王道”と言われる情報以外にも興味深いことが沢山あることが分かったとのこと。そんなふうに個人で始めたサイトが“北海道あるある”で楽しいと評判を呼び、その後渡邊さんはフリーランスになり、会社を立ち上げ、今では道内各地の登録ライターの人達による地元情報によりサイトを構成し、多くのファンに楽しまれているという。

 実際に「北海道ファンマガジン」を開いてみると、旅する時に役立つ道内各地の見どころ情報などは勿論、地元の人しか知らない老舗お菓子屋さんの銘菓の紹介、札幌市内の官公庁の安くて美味しい食堂シリーズ、通勤で通りかかっていても中は知らなかったお店の取材、そして、ニュースで話題になっているJR石勝線夕張支線の歴史を振り返る特集などもあり、道民の私たちも“へぇ、そうなんだ”と頷くトピックスが集められ、過去に遡って記事を読んでいくとまさに北海道の新たなファンになるような気になってくる。
 渡邊さんは、なぜこのWebマガジンが長い間続いてきたかという問いかけに、「利益優先ではなく、面白い“北海道あるある”を知らせたいという思いでやってきたから」とひょうひょうと話す。個人で面白がって始めた18歳の頃とあまり思いは変わっていません、と。

渡邊和樹さん 渡邊さんの目線は、地元に住む私達も日頃は気づかないで当たり前に通り過ぎているようなことを「なぜなのか? どうしてだろう? いつからあるのか?」とひとつひとつ掘り起こしてみたいという好奇心から来ているらしい。収録後に、北海道各地にある“その土地ならでは”をさらに訊いてみると、“地元あるある”が幾つも溢れ出てきた。
 「道東ではフレンチドッグにグラニュー糖をまぶす」「稚内には“チャーメン”という地元に愛される食べ物がある」「利尻には“ミルピス”という地元限定の飲み物がある」「旭川には“ジュンドッグ”という市民の間では知らない人はいないという食べ物(おにぎりとホットドッグを足して2で割ったようなもの)がある」・・・それらがなぜ始まったのかなど調べないと気が済まない、のだそうだ。
 渡邊さんは、「なんで、そうなの?」を放っておけないのだろう。そうして、北海道はそういう“なぜ、どうして?”の宝庫。地元の足元の不思議を“自分が面白がる”というワクワク感が原動力なのだと改めて伝わってくるのだった。
 帰り際、エレベーターまでお見送りする数分でふと訊いてみた。「個人的に好きな場所は北海道でどこですか?」と。歩きながら渡邊さん、「富良野や美瑛のあたり。それから・・・」とちょっと間が空く。続いてどんな市町村名が出てくるのか待ち構えたところに発せられたのが「根釧台地ですね!」。こ、根釧台地!? 久々に聞く語感。どこが好きかと問われ“根釧台地”と答えるそのニッチでディープな「北海道ファンマガジン」的センスに思わず笑いがこぼれる。「特に別海とか・・・」というところでエレベーターの箱が開いてお見送り。そのあと、何だったの? その“別海を含む、釧路より東の台地”の知る人ぞ知る魅力って何?
 私も「なんで? どうして?」が気になるタイプ。勿論、「北海道ファンマガジン」「特集」「コンセンダイチ」・・・で早速検索してみたインタビュー後であった。

 “北海道の良さをもっと知って貰いたい”。この番組も“人”の思いを伝えることを通して、そこに繋げていきたいという思いでお届けしている。おかげさまで回を重ねて、渡邊さんの放送が399回! 次回は400回目だ。「もう一度会いたい元気びと」の回もあるので、延べで400人ということになるが、感慨の数である。あの人、この人、いろいろな志を抱いたおひとりおひとりが浮かんでくる。
 嬉しいのは、出演してくださった方が「新しい作品を出しました」とか「個展をします」「店舗を出すことになりました」などなど、その都度お知らせしてくださったり、このインタビュー後記を他の方の回も楽しみに読んでいますなどメールをくださったりすることだ。“地下水流”でしっかりとおひとりおひとりの志と繋がっている・・・そう改めて感じさせて貰えることで、私の力も湧いてくる。
 一方、7年以上続けていると、時々出演者の訃報に触れて胸の痛む思いをすることもある。先日は阿寒の彫刻家 藤戸竹喜さんの悲しいお知らせが飛び込んできた。10月26日、84歳で死去。藤戸さんには2015年の7月19日に出ていただいたが、「私の材料(木)の中に、“そういうもの”が入っている。まわりを落として、落として、削っていったら、ちゃんとそこにあるわけ」と、木にまさかりを入れて頭の中のイメージを“彫り出していく”感覚を表現されていた。魂の彫刻家。そう実感を深めたのは、ちょうど1年前の去年12月、札幌芸術の森美術館で開かれた『木彫家 藤戸竹喜の世界』を訪れ、実際に作品の多くを目にした時だ。前田一歩園園主(当時)前田光子さんからの依頼で彫り上げたという等身大の観音像、エカシ(長老)やフチ(祖母)など先人の像、そして、熊をはじめ、鹿、狐、狼などの北の動物達・・・。さらに最後のコーナーには、この個展に合わせて仕上げたというアイヌの物語をモチーフにした連作が。そのすべてから、“入魂の集大成”という気迫が伝わってくる“藤戸さんの世界”だった。
 その時の藤戸さん、会場の入り口を見通せる隅に座っていらして、その節はありがとうございましたとお声掛けをするとニコニコと人懐っこい笑顔。ここで写真を撮ろうと個展のタイトルが写るところにわざわざ足を運んでくれて記念写真に収まってくださった。
 2015年のインタビュー後のお見送り際、「阿寒に遊びにおいで。そしたら、あんたも彫ってあげるよ」と、畏れ多くも嬉しいユーモア溢れる一言が忘れられない。ひょっこりと訪ねていって、「彫って貰いに来ました!」とこちらもユーモアで返そうと阿寒の藤戸さんの木彫り館に遊びに行くのを楽しみにしていたが、叶わない再会の夢になってしまった。いや・・・きっと、阿寒に行くと、そこに“いる”のだ。魂の人だもの。いつもの場所で一心に熊を、エカシを丸太から“彫り出している”藤戸さんがいるに違いない。そして、これまでに世に出された入魂の作品達は、これからも多くの人達の心を揺さぶり続けるだろう。
 そんな、志のひとりひとり、チャーミングで人間味溢れる北海道の「元気びと」達をひとりひとり丁寧にインタビューし、この「後記」で心を込めてそれぞれの内にある“宝”を書き続けていきたいと思っている。

(インタビュー後記 村井裕子)

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