ほっかいどう元気びと

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2018年11月4日のゲスト

山中 みどりさん
朗読録音奉仕に貢献する
「札幌市視聴覚障がい者情報センター」ボランティア
山中みどりさん

美唄市出身 72歳。
高校卒業後4年間会社勤めをし職場結婚を機に退職。二人の子育てが一段落した頃、札幌市の広報で朗読録音奉仕活動を知り1978年から「札幌市視聴覚障がい者情報センター」のボランティアとして活動を始める。
その長年の貢献に対し、今年9月に東京で行われた「日本盲人福祉委員会」の朗読録音奉仕者全国表彰7人のうちの一人に選ばれた。

村井裕子のインタビュー後記

山中みどりさん 様々な仕事や活動に取り組む方々にインタビューしている『ほっかいどう元気びと』。今回は“視覚障がい者のための録音図書づくり”に40年間携わってきた札幌の山中みどりさん 72歳。ボランティアの人達の尽力で成り立つ“朗読録音奉仕”への思いを訊いた。

 目の不自由な方々へ重要な情報の提供である録音図書製作は全国で行われているが、札幌市で始まったのは1966年。「札幌市視聴覚障がい者情報センター」が朗読奉仕会に依頼して録音図書を作り、利用者に貸し出す仕組みを続けている。
 専業主婦だった山中さんが朗読録音奉仕のことを知ったのは子育てが一段落した頃、広報で目にしたことがきっかけで関わるようになったというが、「何が何でもボランティアをと、それほど意気込んで始めたわけではありませんでした」と話す。本が好きだったからという理由が大きかったそうだが、それから40年を重ね、今年、その長年の貢献に対し、「日本盲人福祉委員会」の朗読録音奉仕全国表彰7人のうちの1人に選ばれている。山中さんは遠慮がちに、録音図書作りは音訳者ばかりではなく、校正や録音作業といった役割の沢山のボランティアの力で成り立っている。その方々のお陰ですと、感謝の言葉を口にする。そして、もっとこの活動を知って貰い、ほんとうに必要としている人達に朗読奉仕を活用して貰いたいと、熱心に語る。
 朗読奉仕の中には、視覚障がい者が借りられる朗読図書の他に、「プライベート図書」と言って、利用者のリクエストに応じて朗読録音をし、CDとして渡す方法や、録音ではなく対面で読むという方法もあり、個々の希望に応じられるその仕組みがさらに浸透することで、中途失明などのため点字が使えず困っている人達のお役にももっと立てると思うと山中さんは続ける。
 想像してみると、私達の日常は視覚に頼っていることのなんと多いことか・・・改めて思い知らされる。様々な案内、説明、日々のニュースはもちろん、ものの考え方、感じ方、方法論、価値観、人生観・・・などなど、必要に迫られるものから人が生きるための目に見えない“糧”まで、実に多くのものが活字の中に埋まっている。悩みの中にいる時、答えの出ない時、前に進めなくなった時、小説や詩やエッセイの言葉がどれだけ“光”になることか。ある時は哲学、ある時は宗教、ある時は誰かの思い。それらがどれだけ血となり肉となることか。それが“人の声”でなされるということが、さらに、目に見えない“プラスアルファ”を生むのだろう。
 山中さんは、「視覚障がいは情報の障がい」という表現で情報の伝達の重要性を語る。その“情報の遮断”の困りごとに人の声で支えようというのが朗読奉仕だ。
 「ですから、表現を楽しむ朗読とは少し違うんです。私達のは、内容をきちんと伝える“音訳”です」とのこと。

山中みどりさん 収録後に、その“表現を楽しむ朗読”との違いをさらに訊いてみる。それによると、音訳として取り組むのは文学作品などの書籍の他、公報やガイドブック、料理本、取り扱い説明書など様々な活字に渡るというが、文章だけではなく、写真、絵、地図、図表、見取り図なども“文章化”して音訳するのだそうだ。割り当てられた本に折れ線グラフなどがびっしり載っていると、最初はさてどうしようと思うのだそうだが、それもひとつひとつ分かるように説明を考えて吹き込むという。
 原動力は、“困っている人がいるなら、何とかお手伝いをしたい”という気持ち。そして、山中さんの場合、それが40年も続いてきたのは、「一冊終わればまた次の一冊が待っている。その一冊を仕上げてまた次の一冊と思ってやって来ました」とのこと。そうやって気づいたら40年続いていたのだそう。

 私達日本人は義務教育の教科である“国語”の中で日本語の“読み書き”は習うが、“音声表現”に関しては一切習わない。そういう教育の仕組みの中で“日本語の音”に関しての意識を全く深めずに言語(母国語)を学ぶ。だから、声の出し方も発音もアクセントやイントネーションも鼻濁音も学校教育の中では触れず、日本語音声表現の大事さも難しさも美しさも習わずに大人になる。それを考えると、日本語の文章を声で的確に読むというのはけっして簡単なことではない。
 山中さん達音訳に携わる人達、そして、校正に関わる人達もアクセント辞典を頼りに“日本語のアクセントとは一体どんな仕組みになっているのか”という学んだことのないことから取り組み、間違えば何度も録音し直し、耳で聴いてしっかり伝わることをぶれさせずに録音図書づくりに向き合っているという。その努力は並大抵のものではないはず。しかも、声も読みも怠けるとすぐに衰える。体調も管理しながら日々の“鍛錬”も欠かせないだろう。
 「声は人なり」と言うが、その人が“何を感じ、何を考え、何を努力し、何を積み重ねてきたか”という“その人自身”がやはり音声ににじみ出るものだと私は思っている。声からは「情報」だけではない“何か”が届く。だから、生き方が大事なのだ。
 山中さんが「日本盲人福祉委員会」の朗読録音奉仕全国表彰を受けた際、理事長の挨拶の「やはり、沢山の情報を人の生の声で、人の感情も入った声で聴きたいのです」という言葉を聞いて、「利用者の願いに支えられている」という思いを強くしたという。
 気負わず、てらわず、“情報に困っている人がいるのなら手助けしたい”という思いで丁寧に音訳作業を続ける人達、その作業をサポートする人達。その人達の中の“何か”が利用者の元に届いているのだと思う。

(インタビュー後記 村井裕子)

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