ほっかいどう元気びと

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2018年10月21日のゲスト

阿部 千春さん
北海道環境生活部 縄文世界遺産推進室 特別研究員
阿部千春さん

赤平市出身 59歳。
東京の大学で考古学を学び、卒業後旧渡島管内南茅部町に勤務。在職中は大船遺跡や垣ノ島遺跡などの発掘・調査にあたり、道内唯一の国宝「中空土偶」のPRにも力を注ぐ。
2015年、北海道庁に入庁。青森県、岩手県、秋田県と合同で「北海道・北東北の縄文遺跡群」の2020年の世界遺産登録を目指すとともに、縄文文化の普及活動を行っている。

村井裕子のインタビュー後記

 心理学者ユングの「集合的無意識」。“個人的な意識の領域を超えた、民族・集団・人類など人々の集合のもつ無意識が存在する”などと唱えられ広く知られている。人には、自我を中心とする「意識」の層、個人的経験から成り立つ「個人的無意識」の層、そして、心の最も奥深くにある“個人的ではなく、人類に、むしろ動物にさえ普遍的”な「普遍的(集合的)無意識」の層があるのだそうだ。この深い意識の底には、人類誕生の頃からの記憶や、もっとそれ以前の、生命として生まれてからの何億年という記憶も積み重なっているという。・・・だから、命を持つすべての意識は深いところで繋がっている(!)
 この説を知った時にはとても感動した。世界の文明など、全く違うところで同じようなことが考え出されていたり、同時期に発明がシンクロしていたり・・・! だとすれば、その果てしなく長い時間の中で醸成された“叡知”を生きとし生けるものが同期させれば、戦争や諍いを今のこの世界から無くすることが出来るのではないか? だとしたら、外側よりも内側に何らかのヒントがあるなら、大事なのは「思い出す」「気づく」ということなのではないか。・・・盛んにそんなことを考えていた。バブル崩壊後、世間的には“失われた10年”と称されていた90年代の頃だ。
 『ほっかいどう元気びと』、今回のお客様と話していて、そうそう、今の私達は“何かを思い出す”ことが必要なのだ、そのきっかけに気づくことが大事なのだ・・・と、潜在意識の奥深くのワクワク感を思い出した。

阿部千春さん お話を伺ったのは、北海道と北東北の縄文遺跡群を世界文化遺産にするための取り組みを牽引する人。北海道庁環境生活部「縄文世界遺産推進室」で特別研究員を務める阿部千春さん 59歳。阿部さんが魅力を感じる縄文文化とは? その文化の意味が現代の私達の暮らしや生き方にどんな影響を与えるのか、訊かせていただいた。
 現在、2020年の世界遺産登録への国内推薦候補に挙がっている「北海道・北東北の縄文遺跡群」に関わる阿部さんの仕事は、ユネスコに提出する北東北3県と合同での推薦書作りの道側の責任者を務めながら、普及活動を進めること。青森県、岩手県、秋田県とは最初のうちこそ意見が合わないこともあったというが、縄文期の1万年以上、ひとつの文化圏の仲間同士だったということが何よりの共通点となり、話し合っているうちに絆も深まってきたという話に東北出身の私は深く頷く。

阿部千春さん 阿部さんご自身は、縄文の何に惹かれたのだろう。子供の頃、赤平の自然の中で遊ぶうちに化石が好きになり、化石なら考古学を学ぼうとちょっとした勘違いで大学の専攻を決めたというまさかのお茶目な告白。考古学は歴史であり、化石は理系で全く違うのですが・・・と阿部さん。大学でも縄文は詳しく学ばなかったそうで、その時の先輩が言う「縄文は遅れた文化であり、野蛮な時代」という言葉に疑問も抱かなかったというが、昭和58年に千歳の美々4遺跡の遺跡発掘調査に参加し、直径40メートルを超えるドーナツ状の土手を持った墓に遭遇して初めて「縄文の文化は相当複雑な社会組織を作っている、これは侮れない」とその凄さに気づいたのだそう。さらに、旧渡島管内南茅部町(現在・函館市)の職員時代に、住居跡から分かる風習や命の象徴の土偶などに接して、技術だけではない、精神的な深さを感じていったのだという。
 「人、動物、道具、すべてのものに魂が宿る。そのすべてが自然の一環なのだという精神性。それは今の時代にも必要な考え方だと意を強くして取り組みを進めてきました」と阿部さん。特に北海道は、本州にあった農耕の文化である「弥生時代」が無く、縄文文化の特色を受け継ぐ「続縄文時代」や「擦文時代」と続き、その後アイヌ文化に繋がってゆく“自然と一体の文化”は独自な魅力として誇れるもの。また、人を殺す武器や防御施設などが無かったこの時代、なぜ1万年もの間平和でいられたのかを問うことは今に学べることがきっとあるはずと続ける。そして、「世界遺産」への登録は“通過点”でもある、と。その向かう先は、国際的に環境問題や地域紛争が止まない現実の中で自分達の足元にそういう貴重な文化があったのだということを広く伝え、それによってひとりひとりの心の中が変わる可能性を目指すことなのだと、改めてその意義が伝わってくるお話だった。
 収録後、阿部さんはこの活動についてこんな表現をする。
「氷山が海に浮かんでいるとして・・・水面から出ている“社会的現象”というのは、その下に“無意識”の部分があって、ここを動かしていくことには相当時間がかかるけれども、そこを変えていくことで“氷山の上の現象”が変わっていく・・・そういう仕事だと思います」
 見えている部分より水の中に隠れている部分の方が大きい“氷山”。だから、時間がかかる。だから、縄文文化が世界遺産になることが“ゴール”ではなく“通過点”なのだ、と。

 平成という時代ももうすぐ終わる。車が空を飛ぶようになるための技術開発や人間が月へ行くための方法も素晴らしい“進歩”ではあるが、人の心の“進化”としては、1万5千年前の縄文文化が育んだ精神性を取り戻すというベクトルこそ、今最も大事なのではないだろうか。大きな自然の中で人間以外の他者とも繋がり、すべてが一環なのだというその記憶は、ユングの“集合的無意識”で言えばひとりひとりの中の奥深くに刷り込まれているだろうし、縄文1万年に渡る“平和”の記憶もDNAを通してセッティングされているのだろう。
 阿部さんが公的な役割のみならず、そこから先の“氷山”の下の部分の意識の掘り起こし・・・それはつまり、世界の紛争や貧困、環境問題の解決の方法を意識の底から掘り起こして、教育に反映させていくという息の長い取り組みに思いを馳せているというお話を聞きながら、しみじみとそんな意を強くした。

(インタビュー後記 村井裕子)

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