ほっかいどう元気びと

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2018年7月8日のゲスト

青木 由直さん
爪句結社「秘境」社主/
工学博士/北海道科学大学客員教授
青木由直さん

長野県松本市出身 76歳。
北海道大学工学部の教授として長年勤め、北海道のIT産業をけん引する「サッポロバレー」を築き上げた経営者を多く輩出した「北海道マイクロコンピューター研究会」の設立者としても知られる。
定年後に写真をはじめ、その整理の為ファイル名に俳句のような「爪句」をつけることを思い立ち、作品として日々のブログで発表するとともに、豆本「爪句」シリーズも数多く出版している。

村井裕子のインタビュー後記

 6月24日放送のこの欄で、私の講座で共に学ぶ受講生達と共有しているキーワードを書いた。「○○すべきに縛られない生き方」、そして、その上で「私は何を大切にするのか」という問いかけ。今回、「ほっかいどう元気びと」でインタビューをしていて、さらにもうひとつ大事なキーワードがあったのを思い出した。それは、「自分で考える」という至極シンプルなもの。シンプルでいてこれがなかなか難しい。考えることは“面倒なこと”であり、ついつい流されることは“簡単なこと”だから。油断をしていると、“国民総思考停止状態”なんてことになってしまう。その情報は真実か、嘘はないか、背景に何があるのか、誰のためになるのか、人としてそれでいいのか・・・などなど、面倒でも自分の頭で考えなくてはならない。街なかに“うそ”や“まやかし”という名の猛獣が逃げ出さないためにも、だ。

青木由直さん 「自分で考える」・・・その当たり前のことを改めて思い起したインタビューのお客様は、爪句結社「秘境」社主の青木由直さん 76歳。“爪句”とは青木さんの造語で、写真の説明として付ける五七五の文芸表現のこと。季語の無い五七五もあるので“俳句のようなもの”なのだとか。名前の由来は、パソコンの画面上に小さく並べられた写真を専門用語で“サムネイル(親指)”と言うので、その整理番号代わりの句のことを「爪句」と名付けたそう。
 現在、青木さんはほぼ毎日ブログに写真をアップし、そのひとつひとつに句を添えている。「ホオジロを 撮りてカメラの 調子みる」「笹薮や 過ぎるSL 撮る一瞬」など、季節の花や鳥、廃線の駅、鉄道とその風景、はたまた日常の一コマなど暮らしのあれこれが被写体であり、暮らしのあれこれが文章となって記録されている。豆本としてもテーマ別に多数出版され、ご本人は「爪句結社としては未だ社主の私1人。今後、もっとこういう表現に取り組む人が増えて“家元”になれるといいなぁ」ととても楽しそうに“野望”を語る。
 青木さんは工学博士でもあり、北大工学部で教鞭をとっていた頃は「北海道マイクロコンピュータ研究会」を設立。北海道のIT産業を牽引するサッポロバレーを築き上げた経営者達を数多く輩出している。趣味で写真を始めたのは10年程前の定年退職がきっかけだったと言い、「なんにもすることがなくなってテレビの前に座るだけの日々はつまらないでしょう?」と仕事をやり終えた後でもやりたいことを持つことの大事さを語る。たまたま、カルチャーセンターの「札幌の秘境を歩いてみよう」という市民講座を受け持ったことから、持ち前の好奇心が発揮され、写真を手に町歩きをするという楽しさに目覚めたのだそうだ。

青木由直さん 日々の暮らしを写真に収め俳句を添える。これをデジタル文芸として確立させたく“家元”として熱心に講座でも伝えたのだけれど残念なことに皆途中でやめちゃうんだよね・・・そんな呟きは、収録後の雑談の中で出てきた青木さんの率直な思い。自由闊達な青木さんの口調についつい引きこまれて笑ってしまう。どうやら、“札幌の秘境”探しも一番面白がるのは先生である青木さん、「爪句」への情熱の深さも青木さんには叶わないらしい。
 「なんかね、自分ではそんなつもりもないんだけど“教授オーラ”が出ているらしくて、どうも敷居の高さみたいなものを感じさせるらしいんだよね」
 そんな笑い話とともに“いい人生を送るための秘訣”も溢れ出す。
 「何かを始める時に一番良くないのは三日坊主。ものごとを長く続けられるのはその人の教養によると思う」
 第二の人生を楽しむには教養が必要? そのあたりがもしかして“教授オーラ”を感じさせる? と思いつつ、「青木さんの言う“教養”とは?」と具体的に紐解くと、「ものを沢山知っているとか分析力が高いとか、そういうことではなく、決めたことにとことん食いついていって自分の可能性を広げていく意欲が有るか無いかということ」との答え。本を沢山読んでも行動しなければ身に付かない。カメラの解説書やハウツー本をいくら読んでも1回シャッターを押してみることには敵わない。そして、日々続けるためには好きでなければならない。「ものごとが好きになれるかどうかの一点なの」。そして、「それは、その人その人の内なるものからくる。主体的に生きる練習をしなければならない」。だから・・・「自分で考えることが大事なんだね」と。収録では、元気なシルバーエイジの秘訣である“今日、用がある”の“きょうよう”の大事さをユーモアたっぷりに話されていたが、“教養とは主体的に生きること”という言葉の紐解きにも納得。・・・青木流 生き方そのまま『元気びと』・・・思わずそんな五七五が浮かぶのだった。(字余り、季語無し。俳句にあらず)
 ちなみに、「自分で考え、行動しなさい」は、教授時代に学生達に連発していたキーワードでもあったそう。世界は日進月歩。昨日より今日。今日より明日はまた違う。だからひとりひとりが自分で考えてより良いものを生み出さなければならない、と。
 自分の人生という世界をより良くしていくのもまた同じなのだろう。いくつであろうとも自分で“考え”て、自分で“楽しく工夫し”なければ実りも得られない。若かろうが高齢であろうがやはりそこは外せないのだと、腑に落ちたのだった。

 言葉に関する余談をひとつ。「自分で考える」と言えばサッカーというスポーツもそうだろう。今まさにワールドカップの真っ最中。私などは“にわか”ファンのひとりだが、そんな外野サイドとしてある時期ずっと気になっていた言い回しがあった。テレビ放送時の応援キャッチフレーズ「絶対負けられない戦い」というあの表現。なぜわざわざ「負け」という最も“避けたい事柄”をご丁寧にキーワードにして連呼するのだろうか。しかも印刷物などもひと頃そればかり。意味は勿論「勝たなければ」なのだが、否定形にしていても「負け」という言葉を使い続けることで「負ける方」に潜在意識が働いてしまう。思いとは裏腹にわざわざ悪い結果を意識下に引き寄せてしまうのに、と。
 潜在意識を作動するのは“言葉”というスイッチ。“負”の言葉を使わないことで巧くいくという潜在意識を働かせる方法は次第に定説になってきたので、「絶対負けられない」という表現も次第に頻度が減り市民権を得るまでにはならなかったのだろうと推察している。
 ことほどさように言葉の力を侮るなかれ。そして、より良い活用あるのみ。実際に日常でも使ってみてほしい。「あがらないように、失敗しないように」ではなく、「大丈夫、練習通りに出来る」と。「私には無理」ではなく、「私はやれる」と。
 そして、そういう潜在力は年を重ねても尚も有効活用が出来る。「次はこれをしてみよう。それが叶ったら今度はあれに挑戦」という未来思考の言葉を使っている人は元気一杯で明るい。今回のインタビューでそんなことも再認識させていただいた。

(インタビュー後記 村井裕子)

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