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「甘やかしているだけではないのか…」刑務官も葛藤しながら受刑者との対話へ“懲らしめる”から“立ち直らせる”へ…6月に拘禁刑導入で変わる刑務所の現在地

2025年04月27日(日) 09時00分 更新

 今回で3回目となる、シリーズ特集『罪と償い』。導入まで1か月あまりとなった拘禁刑についてです。

新しい刑務所の在り方について、模索が続く中、ヒントとなる“対話”という取り組みが、北海道日高地方にある施設で、40年以上も続けられています。

◇《刑務官の葛藤「甘やかしているだけではないのか…」》

刑務官
「本当にこれで合っているのか。これはただ甘やかしているだけじゃないのか、本当に彼のためになっているのか」



 受刑者を“懲らしめる”と書く懲役刑から、“立ち直らせる”拘禁刑へ―。刑務官の受刑者への接し方は、対話を重視した形に変化しています。



北海道の月形刑務所。刑務官の号令が、月形刑務所内に響き渡ります。



刑務作業の手を止め、移動する受刑者たち。月形刑務所の第15工場では、月に1度、グループミーティングが開かれます。

刑務官
「自分の家族が同じような目にあったときどう思うか?」



受刑者
「加害者がどう考えているのか聞きたいんだね」

別の受刑者
「被害者としては、加害者の気持ちを聞きたいと、なるほどね」

◇《受刑者に問いかけ、対話を重視する刑務官》

 この日は“犯罪被害者の気持ちを考える”がテーマです。受刑者たちの意見を、刑務官がさらに掘り下げる対話形式で進みます。

受刑者
「被害者にとっての本当の反省だったら、加害者も自分の大切なものや大切な人、何かを失うべきだと思います」

刑務官
「なんでそう思う?」

受刑者
「被害者の気持ちに寄り添うからです」

刑務官
「被害者の気持ちに寄り添って、自分も同じ目に遭えばいいと?」

受刑者
「それが本当の反省だと思います」

月形刑務所が、この取り組みを始めたのは去年2月のこと。拘禁刑の導入に向けた、改革の一つです。

受刑者
「今まで刑務官というのは、やっぱり受刑者に対して一線置いていると、違うものだと思っていましたけれど、同じ人間だったということを感じました」

刑務所では試行錯誤が続います。

◇《自身を掘り下げていく“当事者研究”という対話スタイルがヒントに…》

月形刑務所の刑務官
「月形から参りました。よろしくお願いします」



3月、月形刑務所の刑務官たちが訪れたのは、北海道日高地方・浦河町にある『べてるの家』という施設です。

メンバーの一人が歓迎の歌で出迎えます。

メンバーが歓迎の歌を披露「♪おなかがすいたくらいで…泣かないでください」



統合失調症などの精神障害があり、幻聴や妄想などに苦しむ人たちが、ソーシャルワーカーらと、ともに暮らしています。

月形刑務所の刑務官
「先手必勝で、殴ったもん勝ちっていう感じのスタンスの人が、やはり受刑者には多いですね」

ソーシャルワーカー 福岡拓弥さん
「“べてる”でも、それは変わらないですね。そのことを爆発というふうに呼んでいます」

月形刑務所の職員が、『べてるの家』を見学するわけは、“当事者研究”と呼ばれる対話の手法を学ぶためです。

この“対話”という取り組みは、もう40年以上も続けられています。

『浦河べてるの家』メンバー 浅野さん
「車がバァッと走ったんですよね。それで、もう腹立っちゃって…自転車をばって(倒して)しまったんですよね」

『浦河べてるの家』向井地生良 理事長
「やっぱり苦労が溜まってパンパンになると、アンテナが敏感になって、ちょっと誤作動的な感じになる…」

『浦河べてるの家』で行われるのは、病気の“治療”ではなく“研究”です。

ひとり一人が、自分の病気の研究者となり、生活の中で現れた症状や、苦労したことを発表します。



『浦河べてるの家』向井地生良 理事長
「浅野さんの生活の中で、いろんな何か不信なことは、どんなことがありますか」

『浦河べてるの家』メンバー 浅野さん
「うちの親がもう70歳で高齢になって、その後のことがわからないとか」

◇《対話から、自身の課題を共有して解決法を探っていく…》

 大切にしているのは、自身の病気をとことん掘り下げ、症状や苦労と向き合うことです。

それを隠すのではなく共有し、解決方法を話し合うことで、一緒に暮らしていくことを目指します。

『浦河べてるの家』向井地生良 理事長
「浅野さんにさらに尋ねたいことはありますか?」

理事長の向井地さんが、ほかのメンバーに話を向けてみます。ここからまた対話が動き出していきます。

ほかのメンバー
「浅野さんは、いつも受身なんじゃないかな。これから受身じゃなくて、攻めたことをやっていけばいいんじゃないか」

ソーシャルワーカー
「耳がすごい敏感になって、人の声が入ってこないっていうときは、もう自分の発信が足りないからなんじゃないかな」

 かつて、精神障害のある人は、閉鎖された病棟で薬漬けにされる、一方的な治療が当たり前でした。

しかし、退院すると受け入れ先が無くて、路頭に迷ったり、社会生活で悩みを抱えて、入院を繰り返したりすることが多かったといいます。

『浦河べてるの家』向井地生良 理事長
「やっぱり、悩むべきことはちゃんと悩んで、困ったことはちゃんと困って…。しかし、その代わりに、人に相談したり、人の力を借りたり…自分のことだから“みんなで一緒に研究しよう”って言って始まったのが“当事者研究”なんですよね」



これは、ひたすら刑務作業を強いられた受刑者が、社会に出てから居場所がなく、犯罪を繰り返してしまうことによく似ています。

『浦河べてるの家』向井地生良 理事長
「やっぱり、第三者の力によって保護して管理して、服従を強いる構造によって、社会の治安が保たれるという構造から抜け出さないと駄目だと思います」

◇《懲らしめるから立ち直らせる…変わる刑務所の現在地》

 浦河での対話という取り組みをヒントに、月形刑務所では、拘禁刑導入に向けた実践が進められています。

刑務官
「本当の反省っていうのは、みなさんにとってどうですか?」

受刑者
「もう絶対ここには戻ってこないと、刑務所には戻ってこないと。一生懸命働いて、社会に還元するということが、今の自分にやるべき使命なんですよね」

刑務官
「今まで失敗しちゃったけど、社会でしっかり生活できるようにしたい…、それが自分なりの本当の反省じゃないかということだよね」

月形刑務所が“当事者研究”の手法を取り入れてから、1年あまり。受刑者の考え方にも変化が見え始めています。

受刑者
「お互いの信頼関係みたいなものが、多少できていると自分は思っているので、その信頼関係を壊さないためにも、2度と再犯はしないと、心に誓っていこうと思うようになりました」

刑務官
「ずっと試行錯誤しながら、決して甘やかすことなく、しかし、ただ厳しくするわけでもなく。本人にとって一番何が最適かを常に考えて、実践していくのかなと思ってます」

まだ、誰も答えを知らない、立ち直りのための新しい刑務所の在り方。北海道で育まれた対話の手法が、その処方箋となるかもしれません。

森田絹子キャスター)
“当事者研究”は、月形刑務所だけでなく、札幌刑務所や北海道外の刑務所でも、取り入れられています。

『浦河べてるの家』の向谷地理事長が、実際に刑務所に足を運んで、受刑者との対話に取り組んでいます。

堀啓知キャスター)
「甘やかしているのではないか」という刑務官の葛藤もありましたが、受刑者がしっかりと罪と向き合い、更生することは、社会で暮す私たちにとっても大切なことだと思います。
  
“拘禁刑”の導入まで1か月あまりです。HBCでは、今後も塀の中で起きる変化、変わりゆく刑務所のいまを継続的に取材して、お伝えていきます。

北海道ニュース24