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ワンコもニャンコも…どんな人にもやさしい温泉宿『たらこ湯』 聴覚障害の女性と同級生が営む全室ペットOKの宿 癒しの看板犬“もも”も… 北海道白老町

2025年05月31日(土) 09時00分 更新

 北海道白老町で、全室ペットOKの宿を開業した、2人の女性がいます。目指すのは、犬にも猫にも…、そして、どんな人にも、やさしい温泉宿です。 

◇《たらこが特産のマチでペットと泊まれる温泉宿》

 白老町虎杖浜。前浜で水揚げされる"たらこ"で知られるこのマチに、小さなゲストハウスがあります。その名も『たらこ湯』。

自慢は、ツルツルとした肌触りの源泉かけ流しの温泉。そして、すべての客室が、ペットと泊まれることです。



『たらこ湯』を営むのは、代表の吉原和香奈さん39歳と、”裏ボス”とも呼ばれる山下純奈さん39歳。2人とも大の動物好きです。

定位置でくつろぐのは、看板犬の"もも"です。もちろん、宿のロゴマークも…。猫に見えるかもしれませんが、頭に、名物のたらこを載せた"もも"です。



◇《“たらこ湯”を切り盛りするのは動物が大好きな同級生2人》

 シュナウザーを連れた、お客さんがやって来ました。宿を切り盛りする2人。山下さんが受付に回ると、あうんの呼吸で、吉原さんは、案内役を務めます。

『たらこ湯』吉原和香奈さん
「おトイレとか案内します」

生まれつき、耳が聞こえない吉原さん。主にコミュニケーションは、相手の口の動きから話し言葉を理解し、伝えたいことを声に出して話す"口話(こうわ)"です。音声認識アプリや筆談も使います。



吉原さんと山下さんは、北海道網走市にある大学で同級生でした。

2人は2008年に大学を卒業。長野県出身の吉原さんは、東京でSEなど会社員として働き、転職でえりも町役場へ…。

千葉県出身の山下さんは、北海道内の民間企業で会社員をしていました。そんな2人が去年5月、夢への一歩を踏み出しました。

『たらこ湯』吉原和香奈さん
「公務員を定年まで務めるイメージが持てなくて、私が、昔から温泉が好きで、いつか自分で温泉をやりたいと、ぼんやりとした夢があったので"やろうか"って!」



『たらこ湯』山下純奈さん
「ノリみたいな、遊びの延長みたいな…(笑)」



◇《後継者不在の民宿を譲り受け、こだわりの温泉宿に…》

 きっかけは、後継者がおらず、廃業予定だった民宿との出会いです。民宿の女将に直談判をして、譲り受けました。

2人が宿のルームツアーを買って出てくれました。宿の随所に、こだわりが詰まっています。1つはお風呂。カラフルな石のタイルに、遊び心もつまっています。

『たらこ湯』山下純奈さん
「私の両親とか、彼女の両親とか、えりも時代にお世話になった人や、みんなで貼って作ったお風呂なんですよ。」

『たらこ湯』吉原和香奈さん
「すごい大変だったよね」

部屋数は全部6つ。入口の看板もオーダーメイドです。"たらこ"をモチーフにしたやわらかいデザインです。

ごみ箱のフタ、壁の高い位置に吊り下げた備品は、ペットが悪戯できないようにとの、2人のこだわりです。なぜ、ペットOKにこだわったか。

それは、2人とも犬を飼っていて、これまで泊まる場所に困った経験がありました。キャンプ・車中泊…"もっと手軽に、安く、ペットと泊まれるお宿を―"。それが『たらこ湯』です。

◇《看板犬“もも”が待つ宿で、飼い主さんとワンコも寛ぎの時間―》

 ゴールデンウィーク真っ只中、ある日の昼下がり。吉原さんが"もも"を呼び込みます。

"もも"が、トコトコと事務所の中に入ると、それは営業スタートの合図です。吉原さんたちのペットの犬や猫はもちろん、"たらこ湯"の立派なスタッフです。

ただ、動物スタッフたちは、基本営業中は、自分のお部屋の中にいますよ。

『たらこ湯』「先にチェックインするって、」

『たらこ湯』吉原和香奈さん「わかった」

この日、北海道石狩市からやって来たのは、リピーターのご夫婦。連れていたのは、ロシア原産の犬”ボルゾイ”です。

チェックインの様子を見てみると、山下さんが、さりげなく会話をフォローします。

ご夫婦が連れてきたボルゾイの体重は40キロ。小学5年生とほぼ同じ重さですが、広いドッグランにご満悦な様子です。

もともと、あまりお泊まりには慣れていなかったということですが、『たらこ湯』は、1回目の宿泊から、なんだか落ち着いて宿泊できたということです。

宿泊客
「気楽に泊まれるし、回数も来られるし、泊まったことがないワンちゃんでも、慣れる場所があるとすごく助かります」

◇《犬も猫も、障害のある無しも関係なく、安心して泊まれる宿》

 吉原さんには、もう1つ大切な言語があります。それは手話です。この日、吉原さんは、地元にある白老東高校にやってきました。

白老町では『手話言語条例』が制定されていて、町が小中学校、高校で手話講座を主催しています。

吉原さんは、白老町でNPO法人として活動する田村直美さんとともに、手話講座の講師をつとめています。このときは、あえて"口話"ではなく、手話だけで授業をします。

『たらこ湯』吉原和香奈さん
「わたしの名前は吉原和香奈です。生まれつき耳が聞こえません」

吉原さんが手話を本格的に覚えたのは、社会人になって"デフフットサル"を始めたとき。小・中・高、そして大学は、聾(ろう)学校でなく、地域の学校に通っていたからです。

高校生にとっても、ろう者と触れ合う機会というのは、なかなかありません。指文字から、手話の起源をいろいろ教えてもらうと…苦戦もしながら、いきいきと手を動かし、覚えようとしています。

 相棒の山下さんが手話を覚え始めたのは、新型コロナ拡大のとき。みんながマスクで口を覆うようになり、吉原さんが、相手の口の動きを読み取れなくなったことがきっかけでした。

『たらこ湯』山下純奈さん
「もともと友だちであったときから、聾(ろう)であることの壁はなかった。遊んでいる時って、伝わらなくても問題ないじゃないですか。なんとなく、雰囲気で行けちゃう。仕事にすると、どうしても伝わらなくちゃ困ることって、いっぱいあるし…特に真面目な話をする、ほかに第三者を交えて、きちんと同じ熱量で話をしなきゃいけない時は、もちろん手話が必要だなぁって」

"伝えたいことを伝える"ための手話が、結果的に、2人の信頼関係をさらに深めたのです。

『たらこ湯』吉原和香奈さん
「私、前は聞こえない苦しみとか、聞こえる人にはわからないという風に思っているところがあった。でもいまは、彼女が理解しようと頑張ってくれる様子を見ると、私はそういう風に思っていては駄目だ、そういう考え方は捨てようと思いました」

 吉原さんは近くの銭湯、山下さんはホテルでアルバイトをしています。どちらもライバルの施設ですが、店内には"たらこ湯"のポスターを貼っていて、応援してくれる人も多いのです。

開業から1年、目標は"たらこ湯"だけで生計を立てることです。慣れるまではと、営業は【金・土・日】だけでしたが、春から【月・火】の営業も始めました。

人も、犬も、猫も一緒に―。障害のあり、なしも関係なく、安く、安心して泊まれる宿であり続けたいと、2人は、意気込んでいます。"もも"の鳴き声、お客さんとの笑い声…きょうもたらこ湯はにぎやかです。

◇《拡大するペット市場の一方、まだ数少ないペットと泊まれる宿》

堀啓知キャスター)
国などのデータによれば、いまやペットの飼育数は、子どもの数を上回っているとのことですし、家族の一員ですから、一緒に泊まれる施設は嬉しいですよね。



森田絹子キャスター)
ただ、ペット市場の大きさの一方で、手頃な料金で、一緒に泊まれる宿泊施設は少ないのが現状です。

そうしたニーズの取り込みを、2人は考えているんですが、“全室ペットOK”としたことで、採算が見込めないのでは?などと、金融機関から融資を受けられない苦労もあったということです。

吉原さんは、聴覚障害の方それぞれに、コミュニケーションの取り方や、聞こえの程度にも違いがある中「たらこ湯に来て、自分と関わることで、こういう人もいるんだ」と、ペットもそうですが、いろいろな関わりへの理解が広がれば…と話しています。

開業から1年、もともとは金・土・日のみの営業でしたが、この春から宿泊の営業日の数を増やして、"たらこ湯"一本の目標に向かって経営しています。予約の際は、吉原さんは耳が聞こえないので、電話ではなく、LINEなどでの連絡が嬉しいということです。特集でした。

北海道ニュース24