知床沈没事故から3年 当時7歳の息子が不明「なんで犠牲に」区切りをつけるには心が追いつかない 運航会社の桂田社長は追悼式典に姿見せず
2025年04月23日(水) 17時26分 更新
北海道の知床半島沖で、観光船が沈没した事故から23日で3年となります。地元の斜里町には、多くの人が献花に訪れました。
追悼式典が始まった午後1時。斜里町のウトロ漁港で海を見つめる男性がいました。
■「なんで2人が犠牲にならなきゃいけなかったのか」
3年前のあの日、この場所から「KAZUⅠ」に乗り海に出た元妻と、当時7歳の息子が行方不明に。いまも深い喪失と向き合い続けています。
乗客家族の男性(23日)
「なんで2人が犠牲にならなきゃいけなかったのか。そんなことを考えていました」
2022年4月23日、知床半島沖で「KAZUⅠ」が沈没し20人が死亡、6人が行方不明になった事故。
国の運輸安全委員会は、船のハッチのふたが完全に閉まらない状態で出航し、高い波で海水が船内に流れ込んだことが沈没の原因と結論づけました。
乗客の家族らは、運航会社と桂田精一社長(61)が安全対策を軽くみて事故を起こしたとして、損害賠償を求め提訴。
男性も、この裁判に参加するため、息子の死亡認定を申請しました。
それでも、完全に区切りをつけるには、心が追いつかないと話します。
乗客家族の男性
「それでもやっぱり待ち続けたい。そういう気持ちでいたい」
■式典に桂田社長は姿をみせず
追悼式典には、乗客の家族や関係者およそ120人が出席し、犠牲になった人々に祈りを捧げました。
一方、桂田社長は姿を見せませんでした。
ナギーブ モスタファ記者
「追悼式の会場です。桂田社長からの献花はありません」
桂田社長は去年10月、運航管理者としての義務を怠ったなどとして業務上過失致死の罪で起訴されましたが、初公判の日程は決まっていません。
■観光再生へ問われる“安全”
「安全」が問われたこの3年、マチにはどんな変化があったのでしょうか。
『星の時間』ガイド綾野雄次さん
「ちょうどここ、ここが最後の姿です」
3年前の事故の直前、観光船KAZUⅠの姿を目にした知床のツアーガイド、綾野雄次(あやの・ゆうじ)さん。事故がもたらしたマチの変化をこう振り返ります。
『星の時間』ガイド綾野雄次さん
「空気感はだいぶ変わったよね。うちは影響を感じないが、廃業したところもある」
斜里町ウトロ地区では、コロナ禍で宿泊者数が半減し、さらに追い打ちをかける形で観光船の事故が発生。
今も宿泊者数は、コロナ前の8割にとどまっています。
事故の影響で、一部の観光船事業者は去年、廃業を余儀なくされました。
こうした中、信頼回復への取り組みが始まっています。
知床斜里町観光協会 野尻勝規会長
「観光客を迎えるうえで、各事業者の安全対策に向けての意識が高まった3年間だった」
観光協会と町などが連携し、去年7月に「知床しゃりアクティビティサポートセンター」を設置。
安全対策のため小型船の観光事業者に、救命いかだなどの導入費用を補助するほか、体験観光のリスクや対策をまとめた情報サイトを25日から公開する予定です。
知床斜里町観光協会 野尻勝規会長
「安心して自然観光を利用してもらえることを発信していくことを観光協会として努めた」
知床の原生林です。この日、綾野さんは、東京から訪れた観光客を案内しました。
クマの痕跡を見てまわり、クマと遭遇したときの危険性についても伝えます。
観光船の事故を経て、安全への意識は…
『星の時間』ガイド綾野雄次さん
「変わった意識はない。再確認。知床に開拓の人が来たのが1914年。今年でちょうど111年。その間、ヒグマが日本一が多いところなのに無事故でやっている。この歴史を途絶えさせないように、今までどおり安全にやっていこうと」
東京からの観光客
「さっき見たクマや地形はここにしかない。来てよかった」
「安全な場所を知ったうえで観光したい。町としての取り組みでサポートしてもらえるのは観光客としては嬉しい」
■海保の救助体制
3年前の事故発生当時、ヘリからつり上げ救助を行う機動救難士が配置されているのは、道内では函館航空基地のみでした。
知床半島などの道東エリアと道北エリアは、1時間以内に現場に到着できない空白地帯となっていました。
事故を受けて、海上保安庁は2023年、釧路航空基地に新たに機動救難士9人を配置し、その後、ヘリも3機体制になりました。
それでも道北の一部はまだ「空白地帯」のため、空と海の連携を強化して対応しようとしています。
小樽海上保安部 竹澤歩潜水士
「こちらの巡視船『えさん』は、海上保安庁の中でも大型の巡視船で、2月14日に潜水指定船というものになった」
北海道西部の広い海域で海難救助などを担う小樽海上保安部所属の大型巡視船『えさん』です。
ことし2月、航空基地がない道北エリアの救助体制を強化するため、潜水士用の救助器具などを載せる救難倉庫を新設。
ボンベに空気を充填するコンプレッサーなどを設置し、新たに5人の潜水士が配備されました。
小樽海上保安部 竹澤歩潜水士
「こちらが空気コンプレッサーと言って、潜水士が使用する空気ボンベに空気を圧縮するために必要な機材。他の船でも潜水士がボンベを持っていけば活動できるが、再充填できないので限りがあった」
■海上保安庁が目指す空と海の連携
救助の空白地帯をなくすため、海上保安庁が目指すのは、空と海の連携です。
ヘリコプターが発着できる『えさん』が、ヘリの燃料補給や潜水士の酸素ボンベ補充の中継基地となることで、救助活動の範囲や時間を大幅に広げることができるのです。
小樽海上保安部 竹澤歩潜水士
「知床はとても大きい事案だったが、事案に大小はないと考えているので、ひとつひとつの事案に全力で対応していきたい」
一人でも多くの命を救うために、救助体制の強化が進められています。
■海難救助“空白地帯”解消へ
ことし2月、巡視船『えさん』に潜水士5人が配属されました。さらに今年度中には千歳航空基地に初めてヘリコプター2機が配置され、函館航空基地のヘリも1機増やして3機体制に。
空と海が連携することで道北エリアをカバーしようという狙いです。
■7月洋上慰霊計画
7月には洋上慰霊も計画されています。
羅臼町の漁師・桜井憲二さん(61)ら、行方不明者の捜索にあたってきたボランティアグループが7月に乗客家族を招いた洋上慰霊を計画しています。
観光船のチャーター代や乗客家族の交通費などを賄うため、去年11月から寄付を募っていて、全国からおよそ1000件、目標金額を上回る1300万円の寄付が寄せられているということです。
事故から3年が経ちますが、残された家族の悲しみが癒えることはありません。