卓田の「これ聴いてみればいいっしょ」 バックナンバー

2021年12月

12月30日の1曲

「HOW!ワンダフル」倉田まり子(1979年)

卓田のひとこと

1979年(昭和54年)の「第21回日本レコード大賞」最優秀新人賞の候補にノミネート。ちなみにこの年の最優秀新人賞は、桑江知子さんの「私のハートはストップモーション」で他の新人賞には竹内まりやさん「SEPTEMBER」、松原のぶえさん「おんなの出船」など。当時は「賞レース」という言葉があるくらい年末の歌謡祭が花盛りで、レコ大以外に日本歌謡大賞や有線大賞、今では賞ではなく通常の歌番組形式になっているFNS歌謡祭などがありました。この年のFNS歌謡祭では倉田まり子さんが最優秀新人賞を受賞しています。倉田まり子さんは長崎県出身。「家族そろって歌合戦」というTBSの番組に出たのがきっかけでスカウトされ、NHK「レッツゴーヤング」のサンデーズを経て1979年1月に歌手デビュー。その年の8月にリリースされた3枚目のシングル「HOW!ワンダフル」がグリコ・ポッキーのCMソングに起用されスマッシュ・ヒットとなりました。1985年にスキャンダル騒ぎに巻き込まれ、芸能界を引退した後は、国際法律事務所の秘書として再出発。資格試験予備校の執行委員・講師を経て2003年に独立起業を果たします。2010年からはキャリアカウンセラーとして活躍し、東京学芸大の特命教授、亜細亜大学、立正大学の非常勤講師にもなっています。

12月26日の1曲

「ザ・青春セイリング」田原俊彦(1981年)

卓田のひとこと

1981年に公開された「たのきんトリオ」の映画『ブルージーンズメモリー(近藤真彦 主演)』の挿入歌。私は当時高校生で、別にたのきんファンでも何でもなかったのですが、クラスメイトにめちゃくちゃトシちゃんファンの男子がいて、その友達がトシちゃんのLPレコードを結構貸してくれていたんです。私はアイドル系でも西城秀樹さんとか山口百恵さん、中森明菜さんといった歌唱力のあるアーティストが好きだったので、トシちゃんは正直ちょっと…と思っていたのですが、アルバムなどを聴いてみると良い曲があり、気がつけば「トシちゃんベスト」みたいなモノを自分で選曲してカセットテープで作っていました。中でも私のお気に入りの曲がこの「ザ・青春セイリング」。作詞は伊達歩(伊集院静の作詞家ペンネーム)、作曲は筒美京平さんという豪華コンビによる作品です。今ではレコードも廃盤、CD化もされていない音源です。

12月19日の1曲

「おむすびクリスマス」さだまさし(1985年)

卓田のひとこと

1985年にリリースされたアルバム『ADVANTAGE』に収録されている曲。この「ADVANTAGE」、リリースは6月なのにこのクリスマスマス・ソングがラストを飾るという何ともユニークな構成となっています。さらに「おむすび」と「クリスマス」の組み合わせが意外で面白い。若かりし頃に彼女と2人で過ごしたクリスマス・イヴを懐かしんでいる曲ですが、ケーキを買うお金もなくて、代わりに彼女が塩むすびをこしらえてくれた。豪華な料理もプレゼントもなくて、そこには精一杯に生きようとしていた2人の純粋な愛だけが存在していた。そして、今思えばそれは決して惨めではなくて、とても幸せな時間だった…そんな歌です。世の中、コロナの影響で不況の産業も少なくないと思いますが、それでも「食品ロス」が社会問題になるくらい食べ物が溢れています。この曲がリリースされた当時は、まさに世の中がバブル期に向かっていく右肩上がりの時代でしたが、それでも人の感じる幸せの大きさは物の豊かさだけでは測れない、心の豊かさが大事なんだということを、改めて感じさせてくれる曲です。

12月12日の1曲

「戦士の休息」町田義人(1978年)

卓田のひとこと

高倉健さん主演、薬師丸ひろ子さんのデビュー作品でもある角川映画「野性の証明」の主題歌として起用され、オリコン6位、およそ30万枚を売り上げる大ヒットを記録したこの曲。「ザ・ベストテン」で10位にランクインし、町田義人さんがテレビに出た時、ニット帽にサングラス姿で「何か恐そうな人だなぁ」なんて思ったんですが、歌い始めたら非常に良い。単に歌唱力があるというだけじゃなくて、情感がこもっているんですよね。サラッと歌っていながら心に響く素敵な歌唱です。その後町田さんは、アニメソングやバラエティ『オレたちひょうきん族』のタケちゃんマンロボのテーマ、「愛より強く」など多彩かつ地道な活躍をしていましたが、90年代を最後に歌手活動を休止。オーストラリア、香港、中国などを拠点に彫刻家や陶芸家として活動。現在はオーストラリアのメルボルンで彫刻家として活動しているとのことです。

12月5日の1曲

「君と歩いてみたくて」N.S.P(1974年)

卓田のひとこと

11月27日 N.S.Pのメンバー、中村貴之さんが肺がんのため、68歳の若さでお亡くなりになりました。N.S.Pといえば私の出身地・岩手が誇る「叙情派フォーク」グループで、1974年にヒットした「夕暮れ時はさびしそう」でご存じの方も多いと思います。N.S.Pは、天野滋さん、中村貴之さん、平賀和人(かずと)さんの3人のグループで、特に中村さんは、私と同じ岩手県宮古市出身ということで親しみを感じていました。グループは87年から事実上解散状態にあったのですが、2002年に再結成されライヴ活動を再開。ところが、復活してファンを喜ばせたのも束の間、リーダーの天野滋さんに大腸がんが見つかり、2005年、52歳の若さで帰らぬ人となりました。その後、天野さんと親交の深かった細坪さんの呼びかけで、2011年に中村さん、平賀さんに細坪さんを加えたユニット「スリーハンサムズ」を結成し年間10回ほどのコンサートを続けてきていましたが、今年夏以降は中村さんの肺がんの治療のため、公演の中止が続いていました。今回はN.S.P 2002年のツアー音源でメンバーのトークもあわせてお送りしました。彼らには素敵な音楽を届けてくれてありがとう…と伝えたいです。

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