11月26日放送

 前回のインタビュー後記に、こんなふうに年を重ねていきたいという願いを書いた。
 人生に起こる様々な事柄そのものは“ゼロ”であり、マイナスに捉えるのもプラスに捉えるのも自分の心次第。だとしたら、ひとつひとつに振り回されず、悔やまず、プラスの考え方で受け入れて、誰かの喜びのために働ける日々を楽しく重ねていきたい、と。
 ここのところ、90歳、100歳を超えても尚意気軒昂な方々が書く本が話題になっている。体験から醸し出された言葉の煌めきが人の中の何らかのスイッチを入れるのだろう。
 103歳の笹本恒子さんも、多くの人達に影響を与えるひとりだ。戦前から戦後にかけて、女性初の報道カメラマンとしての道を切り開いた笹本さん。その記録の中の240余点の写真を保管し、ギャラリーとして運営している人が札幌にいるという。どんな出会いがあり、そこから何を発信したいと取り組んでいるのか、お話を伺った。

吉田里留さん 札幌市豊平区の福住にある「六軒村エンロケン」オーナーの吉田里留(さとる)さん 59歳がその人。その「六軒村エンロケン」内にある「笹本恒子写真ギャラリー」の管理人でもあり、50代に入ってから無農薬栽培の農業にも従事している人でもあり、まちづくりなど様々な方面で“アイディアを具現化”してきた人でもある。
 「六軒村エンロケン」の「六軒村」というのは、明治の開拓期に福住の一部区域に付けられた地名。農業を営んでいたご両親がそこで大学の学生寮の経営もされていたのだそう。
 大学卒業後にイベントや地域づくりなどに関わる企画会社に勤めた吉田さんは、その後、自身でもアート関連のマネジメント会社を興して様々なアイディアを形にする仕事を手掛けていたそうだが、たまたま人の紹介で笹本恒子さんと出会い、北海道で写真展を企画したことをきっかけに、今の「六軒村エンロケン」が形作られていったのだそうだ。まさに出会いの妙。そのいきさつを不思議そうに話す。
 写真の保管場所に困っていた東京在住の笹本さんのために、すでに学生寮を廃業して空き家になっていたその建物の倉庫に預かって10年が経ち、札幌を訪れた笹本さんの言葉に導かれるように「フランスの芸術家が集うシェアハウスのような場所」作りに取りかかっていったとのこと。リフォームは多くの人が関わり、現在は「笹本恒子写真ギャラリー」の他に、押し花作家・たけだりょうさんのギャラリーやカフェが入り、会社の事務所や住居として入居している人もいるのだとか。

 「そこは一言で表現するとどういう場所ですか?」という問いに、吉田さんの答えは、「生き方を錆びさせない場所」。それはやはり、笹本さんの生き方が凝縮されているキーワードなのだろう。今現在も定期的に笹本さんと電話で話されるそうだが、笹本さんが発する一言一言は「ほんとうにその通りだ」と頷く言葉が尽きないそうで、そんな生きる指針となる“名言”も吉田さんの筆でギャラリーに飾ってるのだという。
 とにかく話す言葉が綺麗でその内容が素晴らしいと笹本さんのことを語る吉田さんに、どんな言葉が最も響きましたかと伺うと、「笹本さんは、よく“ご縁”という言葉を使う人。ほんとうに自分にとってもそれこそが大事だという実感があり、“エンロケン(縁+六軒)”という名前もそこから付けました」とのこと。
 笹本さんの功績は勿論歴史の証人そのものである報道写真の数々は勿論だが、そんなふうに発せられる言葉や生き方、存在感こそが笹本さんの魅力であり、縁で繋がった北海道のギャラリーではその魅力がにじむ空気感を大事にされているのだということが伝わるお話だった。

吉田里留さん 吉田さんとお話ししていて、私が興味を覚えたのは、吉田さんの“女性に対する尊敬の念”の真っ直ぐさ、深さだ。“何かに一心に取り組む女性”を快く敬い、自身の糧にし、素直に後押しするその姿勢。収録後にその辺りを伺うと、社会に出て初めて勤めた会社の社長が女性だったからかなと自分の内側を真っ直ぐに教えてくれる。その20年の仕事の関わりの中で男性とは違う持久力、耐久力の凄さに気づき、年齢や性別に関係なく、“仕事をやりこなす人の尊さ”に惹かれるようになったのだ、と。
 そして、さらに遡って、「子供の頃からコンプレックスもあったせいで、人が何をしたいのか、何を求めているのかを観察することが当たり前だった。その“相手の思いに応えよう、その思いを形にしてあげたい”という習性が知らず知らずに身に付いたのかもしれませんね」と、弱味を強みに変えてきたこれまでのやり方を言葉にしてくれた。

 人と人との繋がりで“ご縁があった”とのちに振り返ってしみじみ有り難いと思えるのは、ただ“会えた”というだけの結果ではないのかもしれない。双方に“敬う気持ち”があり、双方に何かしてあげたいと思う強い気持ちと行動があって、初めて“ご縁”という偶然の装置がさらに機能していくのだろう。
 より良い運命は、やはり、人の中の思いや言葉が積み重なって実現していくもの。・・・そんな、軽やかに年齢を重ねていくヒントを今回も103歳の笹本恒子さん、59歳の吉田さんからいただけた。
 ちなみに、笹本恒子さんの取材姿勢は、「“誰もが知っている人”ではなく、“誰かのためになるいい仕事をされている方”に焦点を合わせる」とのこと。『ライカでショット 私が歩んだ道と時代』(新潮文庫)というご著書のあとがきに、「素晴らしいお仕事をされている、素敵な生き方をされている、と感じた方に自分で連絡し、お目にかかるようにしております」と書かれていた。
 “誰もが知っている人ではなく、誰かのためになるいい仕事をしている人”・・・「元気びと」達がまさにそうだなぁと嬉しい気づき。そういう“誰かのためになるいい仕事をしている元気びと達”が緩やかなご縁で繋がり相互に触発し合えるような、そんな番組にさらに成長していけたらと、「ほっかいどう元気びと2018」に向けて改めて感じさせていただいた。

(インタビュー後記 村井裕子)

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