11月5日放送

工藤育男さん 11月最初の「ほっかいどう元気びと」は、札幌市南区川沿に焼き芋屋の店舗を構えて18年という「やきいも工藤」の店主 工藤育男さん 72歳。焼き芋と言えば、移動石焼き芋屋の笛の音と売り声が懐かしく思い起こされる冬の風物詩だが、工藤さんは味のいいさつまいもを全国から厳選し、一年を通してその時期毎に最も美味しい焼き芋を夫婦で販売しているのだという。どんな思いを込めているのかお話を伺った。

 食べ物というのは主食であれおやつであれ人を幸せにしてくれるものだが、例えば、ケーキやチョコレート、お饅頭など甘いものは無条件で笑顔を引き出してくれる。その中でも何故なのか、焼き芋は手にした途端に空気そのものが一瞬で温まる。一人でというより、誰かと分けあって食べた思い出や人恋しさともセットになっているからだろうか。
 工藤さんは、そんな“空気感”そのままの人。沢山の種類の焼きたてをお土産に持って来てくださったので、甘く香ばしい香りが漂う中でインタビューはスタートした。
 手渡された個別袋には「紅あずま」や「安納紅」などシールが貼られ、長くて大きな品種からコロンと可愛いものまであってどれを選べばいいのか迷ってしまいそう。「お客様は自分で選んで買うのですか?」と訊くと、「お客様のほうもご自分の好みがだんだん分かってこられて、柔らかめの芋が好きとかほくほくした方がいいとか言ってくれるので、それに合った種類をお薦めするんです」との答え。その一言で、お店でお客さんとあれこれ話をしている店主のイメージが微笑ましく浮かぶ。「サツマイモのソムリエみたいですね」。ふと出た感想に、「いやいや、イモリエです」と楽しいキャッチボール。
 工藤さんの焼き芋への思い入れはサツマイモの仕入れの段階から始まっていて、ご自身で全国のサツマイモ農家を調べて交渉し、これはと思ったものを取り寄せて焼いているのだという。「今はインターネットがあるから調べ易くなったけれど、始めた頃は日本中の電話帳を取り寄せて一軒一軒問い合わせては送って貰っていたんです」と、美味しい芋選びへの思いを語り、そして、その一生懸命作っている農家の人達も応援したいのだと力を込める。

工藤育男さん そもそもは、ご夫婦で野菜の移動販売をしていた時に、冬場は焼き芋をやってみるのはどうかと助言を貰い、百貨店の前やスーパーの前に釜を乗せた車を止めて販売をしてみたのが始まりだったとか。そのうちに常連さんが出来、「いつも買いに行けるところがあればいいのに」という声に応えるように店舗を構えて通年で販売するようになったのだという。
 「中心部ならともかく、川沿まで買いに来てくれるお客さんのために、美味しいと言って貰えるものを提供しないとね」
 にこやかな口調のお話を聞いているうちに焼き芋を味わっているような幸せな気持ちになっていく。「やきいもやさん」としての工藤さんの仕事の軸になっているのは、ただひたすらに“人に応える”ということなのだと伝わってきたからだ。自分達の焼き芋のファンになって通ってくれる人に“応える”。美味しいサツマイモを汗水垂らして作っている農家の頑張りに“応える”。誰かに求められたら出来る限りのことをして“応える”・・・その心意気の気持ちよさだ。
 定休日は月2回と決めて身体に鞭打ちながらふたりで真剣に芋を焼いているとひょうひょうと話し、「70過ぎてそんなに儲けなくてもいいでしょって言われるけど、折角来てくれたのに休みだったら申し訳ないもね」と、冗談の中にも大事な思いをにじませる。
 野菜販売の時からご夫婦力を合わせ、焼き芋屋を始める時も沢山話し合い、同じ気持ちで続けてきたとのことだが、そんな、“人に応えたい”という実は一番大切な価値観を夫婦で共有してこられたということがここまでお店が愛されてきた最大の力なのだろう。
 将来は、誰か、こういう思いも、焼き芋が人を幸せにするという目に見えないものをも大切にしてくれる人に託せたらと、焼き芋を次に繋ぐ夢を語ってくれた工藤さん。現在「やきいも工藤」では、焼き芋から作る干しいもやスイートポテトなどオリジナルの加工品も販売しているとのことだが、誰かが引き継いでくれた時のために、商売としてあまり苦労をかけないように今から少しずつ加工品を増やしているのだと、収録後に教えてくれた。
 まだ見ぬ後継者にも“応えたい”という思いが、温かい余韻となって残るお話だった。

 この収録の数日前、心揺さぶられる講演を聴いた。支笏湖で行われた宮沢賢治のセミナーで、アーサー・ビナードさんによる『穴の中のプラトン、川の中のケンジ』と題した賢治論。何を表現しているのか分かりにくい童話『やまなし』は、プラトンのイデア論の中の「洞窟の比喩」が表現されている“哲学寓話”なのだというもの。
 人は洞穴の奥の方、曲がった先の先に繋がれていて、火が壁に映って作り出す“影”を見てそれを現実だと思い込んでいるけれど、本当はその反対側の出口の外にまばゆい光に溢れる広い世界があり、そこに真理があるというプラトンの喩えを、宮沢賢治は水の中の蟹に置き換えて表現しているのだという。
 蟹の見えている水面のみが蟹にとっての“現実”。書き出しの一文と結びの一文に書かれたこれまた不可解な“青い幻燈”という言葉が、そのふたつを結び付ける大事なキーワードなのだと話されていた。だから、「穴の中のプラトン、川の中のケンジ」。
 私自身、『やまなし』は分からなさすぎて朗読でも手を付けることが出来ないでいたが、ひとつの迷路の出方が分かったような喜びとともに、そのメッセージが今という時代にどう生かせるのだろうかと更に難解な迷路に導かれたような興奮を覚えた。この時代の私達はしんどさをも引き受けてちゃんと“洞穴の外”へ出ようとしているだろうか、ものごとの本質を見いだそうとしているだろうか、現実だよと見せられているものに流されてはいないだろうか。壁に映った幻影ではない生き方とは何だろう?仕事とは?集団とは?それらの本質をどう捉えればいいのだろう?・・・そんな思いでぐるぐると。
 例えば、今の政治家はけしてそんな問いかけなどはしてはくれない。そんなまどろっこしい、目に見えない真理の追求より、お金の話をしたほうが手っ取り早いと言わんばかりに。でも、現実の経済も勿論大事だが、生きる哲学を持っていてほしい。いや、この期に及んで無いものねだりをするより、民であるひとりひとりが“洞穴”から外へ出ていく気概を持ち、大事なものを探していくしかないか・・・。

 町や村、地域でそれぞれ丁寧に真剣に生きる「元気びと」達と話していると、改めて広い世界の光が仄かに見えてくるような気がする。生きていく上で大切なことの気づきは、誰かの幸せのために働き、誰かの喜びを喜ぶ、そんな日々から気づいていくものなのではないだろうかという、かすかで確かな光が。
 「やきいもやさん」の“てつがく”を聞かせていただきながら、そんなことを考えていた。

(インタビュー後記 村井裕子)

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